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“信念”が下す決断
2011.02.12 Saturday 08:04
 齊藤ゾンビです。


先日、「本当の恐怖を知ること」で、火事の映像を紹介しましたが、世の中に真実を伝えるということは、とても大変なことで、尚且つ、代償を払わなければいけないものだと考えたりします。

代償というのは、「世間からの非難」というもの。

ブログにも書きましたように多くの人の中には、「助けないで撮影をするなんて」と思う人ももちろん居ると思います。

しかし、第三者に現場の映像を見せることで、そこから生じる利点も少なからずあると感じます。

“人を助ける” ・ “撮影する” の葛藤は、非常に決断を迫られるものだと感じます。



そんな状況に常に立たされているのが戦場カメラマン・報道カメラマンだと感じます。


ある戦場カメラマンの方がおっしゃっていた言葉があります。

「世界には、戦争で苦しんでいる人たちがたくさんいる。
子供たちは特に。
私たちの知らないところで苦しんでいる人たちが居るということを知らないままでいたらいけないし、忘れることもいけない。
写真を撮って、真実を世間に知ってもらい、興味を持ってもらいたい。」


ということを誰かがおっしゃっていたのを覚えています。

それは、正にそうだと思いますし、戦場で苦しんでいる人たちは、自分から助けを求めることなんてとても難しいこと。

“助けてもらう”ということは、まず誰かに助けを求めていることを知ってもらわなければいけない。

戦場カメラマンのような危険な現場に赴き、世界に現状を伝える役を担っている人たちは、本当に重要だと思うし、凄いと感じる。


危険な戦場に自分の命も省みずに赴くことは、並大抵の気持ちで出来るものではないと思います。

それを可能にしていること・勇気を奮い立たせているものは、本人の仕事に対する“信念”でしかないと思える。

“信念”を辞書で検索すると「 正しいと信じる自分の考え」と出てくる。

自分が正しいと思うこと。

それだけが、人を突き動かす原動力となっていると思う。




戦場カメラマン・報道カメラマン、とても感心のある仕事です。


では、ここで一人の報道写真家を紹介しようと思います。


報道写真家の“ケビン・カーター”という方がいました。



1994年に自殺してこの世には、もう居ません。

彼を自殺に追いやったと言われている彼が撮影した世界的に有名な一枚の写真があります。

誰もが一度は見たことがあるであろう 「ハゲワシと少女」 という写真です。




この写真の詳しい詳細は、



「1983年から続く内戦と干ばつのためにスーダンでは子供たちを中心に深刻な飢餓が起こっていた。

しかし、スーダン政府は取材を締め出し国外に伝わらないようにしていた。

そんな中カーターは、内戦の状況を伝えようとスーダンに潜入した。

カーターが訪れた国連などの食料配給センタ−があるアヨドという村では、飢えや伝染病で1日に10人から15人の子供たちが死んでゆく有様だった。

やりきれなさから、その村から離れようとして村を出たところで、ハゲワシがうずくまった少女を狙うという場面に遭遇したのである。

現場にいたカーターの友人でありフォトジャーナリストのジョアォン・シルバの証言などによると、写真の構図は母親が食糧を手に入れようと子どもを地面に置いた短い時間にできたものであったという。

カーターは写真を撮った後、ハゲワシを追い払い、少女は立ち上がり、国連の食糧配給センタ−の方へよろよろと歩きだした。

それを見た後は、すさんだ気持ちになり、木陰まで行って泣き始め、タバコをふかし、しばらく泣き続けたと手記に記している。

この写真が、ニューヨーク・タイムズ紙に1993年3月26日付けで掲載されると強い批判がニューヨーク・タイムズ紙に寄せられた。

大部分が写真を撮る以前に少女を助けるべきではないかという人道上からのものであった。

この写真は「報道か人命か」という問題として、その後何度かメディアで取り上げられ、論争に発展した。」



というものです。

この写真のお陰で、多くの人々がアフリカの実情、飢餓が日常のものであることを知り、多くの支援が国境を渡ったそうです。

正に、それは、一枚の写真が持つ力であり、撮影者が望んだ一番の結果だったと思います。


上記してありますように、この写真は「報道か人命か」という論争が発展したそうですが、その答えを一つにすることは、とても難しいことでしょう。

どちらの言い分も正しいですからね。


“写真を取らないことで救われる命もある”し、“写真を撮ることで救われる命もある”っていうことですからね。

とても難しいことです。



しかし、世界中の非難の矛先が撮影したケビン・カーターさんへそそがれることとなり、その精神的苦痛で自殺をしてしまったと言われているだけあって、とても悲しく感じます。

ネットにも書かれていましたが、元々はこの様な現状を作り上げてしまった国家そのものに非難がそそがれるべきであるのに、その現状を世界中に伝え助けを求める役を担った方が非難されるのは、とても切なく感じます。

この写真のお陰で、支援が送られるようになり救われた命も大勢いたと思います。

それが、せめてもの救いである結果だったと感じます。



時に“伝えること”には、“代償”が伴う。

そして、伝えることが大きければ大きいほど、その代償は増していくものだと感じる。

常にその時の選択は、巨大な葛藤を突き付けられるが、その葛藤を払いのけることも又、自分の“信念”でしかないのだと思う。

“責任”は、“信念”があって初めて受け入れられるものだと思う。

“信念”を持つことは、選択を迫られる人間社会にとってとても大切なものだ。



私もこの仕事をこれからも“信念”を持ってやっていきたいものです。
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