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社会を動かす大きな武器
齊藤ゾンビです。


最近、とても思うんですが、

会話力って人にとって一番重要なことだと思っています。


どのように文章を構成して、いかに分かりやすく説得力のある話し方ができるか。


社会にとってこの会話力というのは、
大きな武器にもなるし、防具にもなります。


良い例は、ドラマの“半沢直樹”なんて正にそうですよね。
主人公の半沢直樹は、長けた会話力があってこそ悪いヤツらを倒し、そして、どんどん上に登りつけていく。


そして、現実の話でも、

人々を演説で喚起させ歴史を変える偉業を成し遂げた
“マーティールーサーキング牧師”や“マルコムX”、“ネルソン・マンデラ”などなど。

上記の人物は、会話力(演説)で人々の心を動かし、
歴史を動かすほどの影響力を与えました。


どの時代でも歴史を動かした人物の背景には、
必ず“長けた会話力”というものが存在するんですよね。



他に
最近、テレビタックルでも話題になった、
堀江貴文さん、ひろゆき氏の相手を論破する会話力も話題になりましたね。



相手に有無を言わせない会話力。



言葉・会話力は、相手を奮い起こしたり、または、ねじ伏せたりも出来る力を持っています。

ゆえに、歴史をも動かす力もある訳なんですよね。


世の中を変えられる人や社会の上部に上りつける人は、こういった会話力に長けた人になると思います。



会話力って本当に凄い力がある。

会話力って社会にとって大きな武器になります。


大きな武器になるからこそ、
その扱いには、とても気を付けなくてはならない。


強力な武器を持てば、
調子に乗ってしまう、
横柄になってしまう、
(何でも思い通りになるゆえに)相手のことを気遣うことも出来なくなってしまう、

見失ってしまうものが絶対にある。


最近、それを凄く思ったのが
堀江貴文さんの話をいろいろと知った時です。


堀江貴文さんは、とても頭がきれる方で会話力にも長けて、正にトップに君臨するのに相応しい人物です。

しかし、いろいろと挑んだ大きな挑戦は失敗し、
部下たちに裏切られ結果的に逮捕されてしまう。

堀江さんは、自身でこう言ってました。


「(人を社会を)舐めきってた」


舐めてたからこそ最終的に事業も失敗し、部下たちにも裏切られてきた。
人の気持ちも全然考えてこなかった。

正に“舐めてた”!!


と、逮捕され長い刑務所生活の時に思ったそうです。


刑期を終えて出所した堀江さんは、
その後、人付き合いや相手の気持ちをよく考えて行動するようになり、
周りの方からは変わったねと言われるようになったそうです。


そう変われたからこそ今の堀江さんは、
三国志でいうと
“関羽のような大きな強さ”を持ち、
“劉備のような仁徳者”になり、
多くの人が彼の後ろをついていき、
これからの事業に大きな成功と変革をもたらす人物になるのだろうと深く思います。


ここ数年の堀江さんの出演している番組の話を聞くと上記のことを凄く感じます。



私の周りにも会話力に長けている人たちは何人かいます。
でも、人がついてこなくて悩み、寂しく、辛い思いをしていたのを見たりもしました。

人ってやっぱりそうなっちゃうものなんですよね。
今まである程度思い通りになってきた世界にいると、
気を付けようと思っていても相手を気遣うことが、
出来ないものなんですよね。


しかし、その人は長年辛く悩んだからこそ、堀江さんのように“気付き”があり、今では仁徳のある人にもなりました。


強い武器を持つことは偉大ですが、
それを扱う“心”が悪ければ何も成し得ないってことなんですよね。


会話力って凄いね。




自分は、国語が子供の頃から苦手でしたので、
その影響もあってか会話力は、とても不得意な方だと感じています。

ゆえに、劣等感や損したこと、嫌に思ったことなどありました。


会話力を上げるって難しい。
会話力がある方って子供の頃から長けてるイメージがありますし、
“素質”というものもあるのかもしれません。

しかし、そう割りきってしまうとダメですがね。


社会を生き抜く上では、
この会話力というのは、とても重要です。


是非お子さんがいる方などは、
この会話力というのを意識しながら育てると良いと思いますね。

そして、ちゃんと礼儀や相手を気遣う気持ちも一緒に教えれば、最高ですね。
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やりたいことを見つけること
2015.06.26 Friday 22:27
齊藤ゾンビです。


最近、とても感心した話があったので書きたいと思います。




人生を生きていく上に「やりたいこと」ってとても重要なこと。

「やりたいこと」がなければ、人は前に進めなくなってしまいますし、[生きていること]や[幸せについて]など疑問に感じてきたり、
また、それが原因で辛いことも乗り越えられなくなってくるかもしれません。




しかし、「自分のやりたいこと・目標・夢」ってなかなか見つからないものですよね。
ちゃんと見つかっている人は少ないんじゃないでしょうか。

私は、今まで「“やりたいこと”とは、見つけるのが難しいもの」だと思っていましたが、
株式会社ライブドア元代表取締役社長CEOの堀江貴文さんの話を聞いて、考えが変わりました。

堀江さんは、下記のようなことを話していました。



例えば、男性視点から考えると、

「女優の堀北真希さんと結婚したくない?」

なんて言われたら、多くの方が「したい」と答えると思います。


だとしたら、役者の修行をして、自分も役者になって、堀北真希さんと共演し知り合って、デートして、結婚する
という「やりたいこと」が見付かります。

「やりたいこと」ってそういう考えの基で(そのレベルで)見つけていくと誰しも絶対にあるものなんですよね。




でも、なぜそれが自分で見えていないのかって言うと、
「絶対に出来ない」「現実的じゃない」なんて勝手に思って、「やりたいこと」を無意識に自分で見えなく(考えなく)させているんです。



大事なのは、どんなことでも「やりたいこと」を見つけてそれに向かってみる。

それが実現するかは分からない。

でも、「やってはいけない」なんてことは絶対にないのだから、とにかく「やりたいこと」があれば一歩を踏み出し進むことが大事。




しかし、そこで注意なのは、「無理だな」と思ったらすぐに「損切り」をすること。

「損切り」とは、「諦めること」です。(又は、「寝かせておく」という手段もあります)

そこの見境が分からなくなると無駄な時間を費やしてしまうことになります。




そして、もう一つ大切なことがあります。

それは、「自信」を持つことです。

人は、出来ると「自信」を持つことで前に進めるものです。
何事にも「自信」を持たなければ前に進めません。

また、「自信」には、根拠なんかいりません。
「根拠無き自信」でも全然かまわないし、持つことが大事なんです。


脳科学の茂木健一郎さんは以下のことを述べています。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


自信には、根拠がなければならないという思い込みが世間にある。

しかし、実際には根拠などなくていい。

そもそも、赤ちゃんで生まれた時には、みんなに根拠のない自信があったはず。

初めてはいはいした時に、「今日は調子が悪いから来週に延期しよう」などとは思わなかったはずだ!

子どもの頃には、誰にでも根拠のない自信がある。

だから、人生で初めてに挑戦することができる。

その頃は、誰の脳も「挑戦する脳」である。

ところが、大人になるにつれて、次第に自信を失ってくる。

今の自分でできる範囲で人生を回そうとする。そうなるとつまらない。発展がない。

だからこそ、成長し続けるためには「根拠のない自信」が必要。

大リーグに挑戦する時のイチローさんには、それがあった。

体格的に、大リーグには通用しないという一部の声があっても、イチローさんは揺るがなかった。

そして、実際に、歴史に残る偉大な成績を残した。

「根拠のない自信」を持つことは、大切。

ただ、本当の「自信」と、表面的な「自信」のみせかけは区別しなければならない。

よく、若者が私のところにやってくる。

「茂木さん、オレ、今にビッグになりますから、見ていてください」。

そういう若者で、ビッグになったやつを、見たことがない。

なぜ、「オレ、ビッグになります」という若者がビッグにならないのか。

そう言っているだけで、満足してしまっているところがあるからである。

言っているだけで、実際には努力をしていない。それでは、ダメだ。

根拠のない自信は、それを裏付ける努力によって伴われなければならない。

根拠のない自信が本当にあったら、それを実現するために、必死の努力をするはずだ。

「オレ、ビッグになります」という若者が、そう言いながらへらへらしているとしたら、それは、本当には自分の夢を信じていないということ。

本当に夢を信じていたら、登山の前の緊張感があるはず。

夢を持つことはすばらしい。

しかし、夢を持つだけで、ハッピーになるとしたら、それは一種の催眠のようなものである。

本当に夢を持っている人は、むしろ、「今、ここ」の努力に集中する。

厳しい顔をしている。

本当に夢を信じている人は、むしろ夢から離れて現実に向き合う。

根拠のない自信を持て。それを裏付ける努力をせよ。

このモットーを実行するのが難しいのは、両者が往々にして逆の志向性だから。

自信を持つ人は、過信して怠ける。

努力する人は、現実にとらわれる。

地べたを這い回りつつ、同時に空の星を見上げる人だけが、「挑戦する脳」になれる。」




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


そう、根拠無き自信は大事なんです。

しかし、それを裏付ける「努力」が必須ですが。




私、齊藤ゾンビも著書「お化け屋敷のつくり方」にも書いていますが、台場怪奇学校が有名になる前、まだ売り上げも伸び悩んでいた頃に仲魔から

「もう無理かも。」

なんて相談された時に、私は

「絶対に大丈夫!!自分たちがやっていることは凄いことなのだからいつか認められる時が来るはず!!」

と話していました。

しかし、その自信には根拠なんてありませんでした。

でも、その自信は、自分たちがしてきた努力と
実際にお客さんの楽しんでいる怖がっている反応を見て、
そこから自分は「自信」というものを持てていたのかもしれません。


今まで自分もやったことのない仕事のオファーなどいくつか来たことがありますが、その時、慎重派の仲魔はいつも「どうしよう」と悩むことが多かったですが、
そんな時も私は「大丈夫!絶対にできます!!」と根拠の無い自信で前に進んできました。

いろんな苦難はありましたが、仲魔と一緒に考え努力してきたものがあったからこそ、その「自信」が実現出来てきたのだと茂木さんの話を聞いて思いました。




そして、茂木さんは、他の時にこんなことも話されていました。


やりたいことを持つには、育て方にも影響があると言います。

子供に不安を与えずにやりたいことをやらせて見守りながら育てることで、子供は安心感を持ち自分のやりたいことを素直に持てるようになるそうです。

しかし、「そんな夢(目標)諦めなさい。なれる人は一握りなんだからあなたには無理」など
根拠の無い否定をし、不安を仰ぎ、安心感の持てない環境(家庭)に育ったら、子供は自信が持てず不安も抱き、目標も持てない人間になってしまうそうです。




親というのは、やりたいことをやらせて見守る、そして、うわべだけの自信を抱いているのであれば諭してあげたり、アドバイスしてあげたり、そういう「見守る」教育が大事なんだと感じます。


今を考えると自分の親は、どんな時でもやりたいことをやらせてくれて、手伝ってくれたり、応援してくれたりしてくれました。

そういう教育・育て方があったからこそ、今があるんだなって茂木さんの話を聞いて深く感じました。







私は、堀江貴文さんの「やりたいことをみつけるコツ」と茂木健一郎さんの「自信を持つこと」の話を聞いて凄く、自分の考えや世界観が変わりました。

「考え方」1つで自分の行動や意識は変わります。




「やりたいことを持つ」、そして、「自信を持つ」(裏付ける努力もする)、でも、ダメだと思ったら「損切り」をしてまた次に進む!!

この手順でやっていけば、実現できる「やりたいこと」は、必ずあるはずだと思います。

「やりたいこと」をやっている時が人にとって幸せなことです。





皆さんも是非一歩前に進んでみましょう。

なんて思った今日この頃でした。



夢や希望と言ったらこの歌を思い出します。
貼っておきます


 
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お化け屋敷を“創る”とは
2015.06.10 Wednesday 14:29
齊藤ゾンビです。


これからのシーズン、学園祭の準備で学生さん達は忙しくなってくる時期だと思います。

学園祭で“お化け屋敷”を作るという人たちも多いのではないでしょうか。


お化け屋敷の研究にいろんなお化け屋敷を回っている学生さんたちもいると思います。



そこで、齊藤ゾンビが独自に思う“お化け屋敷を創るのに必要なこと”を書いていこうと思います。



それは、とても簡単なことで、人によってはとても難しいことかもしれませんが、

“怖がる”

ということです。


純粋に“怖いものに怖がれる気持ち”が無ければ、怖いものを作れないと私は考えています。


そんな私は、お化け屋敷がこの世で2番目に嫌いなものでした(笑)。
(ちなみに、1番は“本物のオバケ”です(笑))

怖いものは好きなんですが、“自分が体験すること”が凄く苦手でした。
ってか、今は、だいぶ大丈夫になってきましたが。


大事なのは、“何が怖いのか?”ということが理解できること。


「俺は、なんにも怖くない」、「オバケとか平気だし」


なんて思ってると、何も感じられない・気付けなくなってしまいます。
(怖がりで良かった(笑))



物作りをする時は、悪いところに気付くのも大事ですが、
もっと大事なのは、“良いところ(怖いところ)に気付く”ということです。


良いところに気付くことが出来れば、自分の作品に“良い点をプラスに反映させること”が出来ますが、
悪い点にしか気付けない人は、“戒め”にしかできません。

自身の創造性に反映させていくには、“プラスの要素”を取り入れることが大事だと思っています。



ちなみに、“良い点”を見つけるには、“偏見”を持って見ないように心掛けないといけません。

“偏見”は、物事の本質を見抜くことを邪魔してしまいます。

曇った視界で物事をちゃんと見ることなんてできませんからね。

素直な気持ちで見ることが何より大切です。




私の考える“創造の原理”とは、“いろんなプラスの要素の組み合わせ、または応用”から生まれてくるものだと考えてます。



たとえるなら、“創る”は料理みたいなイメージです。


材料が、“卵”と“ご飯”しかなければ、そこから創れるのは、「卵かけご飯」や「目玉焼きとご飯」、「スクランブルエッグとご飯」しか創れません。

しかし、材料が増えれば、そのバリエーションや応用によって多くの料理が創れます。



“材料”となる部分が、人でいう“経験”や“知識”です。


経験や知識が人の創造性を大きくしていくのですね。




何かを創る時は、材料を増やさないとです。





“創造”と似た原理で人の“心”というのも同じことが言えます。



“心”は、今までの経験や知識から、思考内容が決まっていくものだと思います。

親が子供をどう育てたかによって、子供(人)の人格はある程度形成されていくものです。



こういうことを思った人は多いと思いますが、
自分が感動した気持ちを相手にそのまま伝えることって難しいですよね。



なぜ人に伝わらないのか?

それは、自分の心が形成されてきた「過程」に要因があります。



人それぞれには、「考え方や感じ方」=「意思」があります。

その“意思”を決めているのは、その人が今までの人生で培ってきた経験が作り出しているものです。

その“経験”=“過程”があって初めてその人の“意思(心)”が形成されます。



ってことは、自分が歩んできた人生を相手に伝えて初めて「自分の感じたこと=感動」をそのまま伝えることが出来るのです。


そう考えると何事にも自分の気持ちを100%伝えるというのは、至難の業と言えますよね。

「何であの人は分からないんだ」
「何で私の気持ちが分からないの」
「何でそう感じないの」

と、いろいろ相手に対して思った経験は誰しもあると思いますが、
ようするに“自分の経験”を相手に伝えない以上、自分の気持ちを相手に伝えることは難しいんですよね。

相手に伝わらなくて不平不満を言うのは、ただの自分勝手ということになってしまうんですよね。

また、そこの認識がないと人間関係を築いていくにあたって障害になってきます。
(そこは、気を付けないとですよね。)



だから、多くの人の心を掴むような創り手の人達は、
“過程”というものを考えながらモノを創っているのだと思います。


「ワンピース」は、正に人の「感動する過程」を考えつくされたものだと感じます。

だから、多くの人の心を掴むし感動させるんですよね。





話はそれてしまいましたが、

お化け屋敷をこれから創ろうとしている人達は、まず“純粋に怖がること”を心掛けていろんなお化け屋敷に行くことが良いと思います。


“プラスの要素”と“知識”と“経験”を元に素敵なモノを作っていきましょう。
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心に伝わるということ
2015.05.13 Wednesday 20:11
齊藤ゾンビです。


先日、とても感慨深い映像を見ました。


それは、イギリスの番組「ブリテンズ・ゴット・タレント」という番組に出演した2人の小学生の映像です。

「ブリテンズ・ゴット・タレント」というのは、特技を持った一般素人の方が審査員と観客の前で披露し、予選に勝ち進んでいったらデビューが出来るという番組です。



この番組に2人の小学生が出演しました。


↑左「チャーリー君(15歳)」 右「レオナルド君(13歳)」


この二人は、自身で作曲した歌を披露しに来ました。


しかし、その歌は、ただの歌ではなかったのです。

歌われた歌詞の内容は、なんとレオナルド君の悲惨な「いじめ」を告白したものだったのです。


レオナルド君は、殴る、蹴る、恐喝などの酷いいじめを学校で受けており壮絶な日々を送っていました。
両親は、仲が悪くいじめの相談もできなかったそうです(後に両親は離婚)。

学校生活も家庭内も酷い状況で暮らしてきたレオナルド君。
ある日、勇気を振り絞って両親にいじめのことを告白したそうです。

すると父親は、号泣し酷く悲しんだそうです。


その後、レオナルド君は他の学校へ引越しました。

その引越し先で出会ったのが、2歳年上のチャーリー君でした。
二人は、音楽の趣味が合うことで意気投合し仲良くなり、そして、二人で曲を作ることになりました。

そして、作られた曲がこの曲なのです。



一体二人は、どんな歌を歌うのか・・・

会場が二人の披露を静かに待つ。



そして、曲が流れ、レオナルド君が歌い始めた。




「神様助けて、僕はひとりぼっち。僕はただの子供だから、どうやって立ち向かったらいいかわからないんだ」


レオナルド君の口から出された歌詞は、壮絶ないじめを綴った内容がラップで語られていきました。


以下日本語訳歌詞と流れに画像を貼っていきます。
歌(赤:レオナルド君 青:チャーリー君)



「Hopeful」

神様助けて。僕はひとりぼっちなんだ
まだ子供だからどうやって立ち向かったらいいかわからないんだ
いっぱい泣いて、そしてこの歌を書いている
溶け込もうって頑張った
僕の居場所はどこ?って

毎朝目が覚めると学校へ行きたくない
ママは心配して聞いてくるんだ
「どうしていつもひとりなの?」って
でも言えない。誰にも言えないんだ

そして今日もびくびくしながら学校へ歩いて行く
まだ子供の僕。ストレスは嫌だ
ダメなやり方。グチャグチャの人生
僕を呼びつけて酷く傷つける

ママに話したい。でもママはパパとトラブル
行き場もない、どうにもこうにもならない
ただ今日も学校へ行く



(涙するレオナルド君の母親)

争い事は嫌だ。勉強がしたい
だから、どうかいじめっ子君
僕が何をしたのか教えてよ
そうさ、僕には助けてくれるパパがいない
だから、ママと一緒に暮らしてる



そう希望を持とう
今日だって希望はあるんだ
この歌をそこにいる君に送るよ
希望が辛いことから君を引き離してくれる
そうさ簡単なことじゃない。でも大丈夫
それでも希望を持とうよ



(チャーリー君)


どうして毎日僕のところへ来るの?
望んで生まれたわけじゃない

持ってるお金は全部差し出した
かばんの底まで探して全部あげた

やられるとほんとに怖いんだ
蹴られ、殴られ、倒され
僕が何をしたのか教えてよって聞いたら
また僕を叩いて、ママを笑いものにした!



そう希望を持とう
今日だって希望はあるんだ
この歌をそこにいる君に送るよ
希望が辛いことから君を引き離してくれる
そうさ簡単なことじゃない。でも大丈夫
それでも希望を持とうよ



(二人の送る歌詞に心打たれた観客は総立ちし、拍手を送る)


(観客の反応に何かを感じる辛口審査員“サイモン・コーウェル”)

着ているもの、これしかないんだ
家もなくして、かばんひとつで暮らしてる

ねぇ、いじめっ子君、どうか僕を助けてよ
僕も君と同じ人間なんだ
どうか受け入れてよ

ねぇ、いじめっ子君、どうしていいのか分からないよ
僕が何をしちゃったのか僕には分からないんだよ

いじめっ子君、僕の頼みを聞いて
僕は毎日ひざまずいている



そう希望を持とう
今日だって希望はあるんだ
この歌をそこにいる君に送るよ
希望が辛いことから君を引き離してくれる
そうさ簡単なことじゃない。でも大丈夫
それでも希望を持とうよ





そして、二人のパフォーマンスは、ここで終わった。



しかし、



会場内の歓声は止むことはありません。


そして、観客たちは、あることを叫び始めます。



「ボタンを押せ!!ボタンを押せ!!ボタンを押せ!!」

ボタンとは、「一発合格」を意味するボタンのことです。

観客たちの一体感が本当に凄い。
こんな数分の間で何百人といる観客の心を掴み、一体とさせるこの曲の力!!
本当に凄い!!


そして、、、、



厳しい審査員で有名な「サイモン・コーウェル氏」が、迷いもなくボタンを押し、



二人は、見事に一発合格となりました。


その模様(動画)はここで見れます↓



その後、二人はこの曲をデビュー曲としてCD販売され、イギリスチャートで初登場5位を記録しました。



そんな2人は音楽で誰かの力になりたいと考えているそうです。

「僕たちの音楽で本気で誰かを助けたいと思っています。
この曲ではネガティブな部分だけでなくポジティブなところも見せたいと思っています」

とチャーリー君は話します。



なぜこの曲は、多くの人たちの心を掴んだのか?
考えてみました。

やっぱり正直に「辛い出来事」を書いているっていうのが要因のひとつだと思いますね。

正直に(ストレートに)綴っているからこそレオナルド君の苦しみが直に心に伝わってきますよね。

それに誰でもレオナルド君が感じた辛い思いって感じたことがあると思いますし、共感出来る部分があるんだと思います。

皆、その辛さに共感を持てたからこそこの曲のメーッセージが伝わるのだと思うし、みんな心のどこかで救いを求めている部分があるからこそ「希望を持とう」という言葉に強く心に響いたんだろうね。


そして、最も心を掴んだ理由としては、「この二人が歌ったからこそ」というのがあると思いました。

この曲をただの有名人が歌ったところで、この「ブリテンズ・ゴット・タレント」の観客ほどに心を掴めないでしょう。

なぜなら、「言葉」に「重み」を与えるのは、語り手の人生の重みからですからね。
レオナルド君のこれまでの人生を知った上でこの曲を聞いたのなら、この曲の歌詞の一語一語に重さというのが加わりますよね。

この「イジメの歌詞」から「希望への歌詞」の繋がり方と「本人が歌い上げている」という点が正に観客の心を掴んだ要因と思います。

正に彼らにしか創り上げられない曲!!


本当初めて聞いた時は、深く感動しました。

お化け屋敷にもこのお客さんの心を掴むポイントをうまく活用できたらいいな〜



この二人の出来事が「アンビリーバボー」でも特集されてました↓
  

そして、レオナルド君たちに希望を与えた曲。
この曲を聞いて奮い立ったのかな。(番組で歌う時に使われていた曲は、この曲からですね)
 
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想う力
2012.10.01 Monday 20:30

齊藤ゾンビです。


先日、ネットでこんな文章を見つけました。





【 あるニートは賭けにでた。

自分の置かれた状況にうんざりした彼は、人生最後の賭けに出た。

彼は孤独だった。

どうしようもなく孤独だった。

だから、せめて、一酸化炭素が部屋に充満するその前に 見知らぬ愛らしい女の子が
「お兄ちゃん♪」
って 玄関からお邪魔してくることに、生死を賭したのだ。

しかし本当はわかっていた。女の子は出てこない事を。

次第に濃くなる一酸化炭素。

意識が朦朧とし始めたそのときケイタイが鳴った。

メールが届いた。母からだった。


「件名:元気にしてる?
 本文:食事はちゃんと食べてる?風ひかないように気をつけてね。
    何かあったら連絡ちょうだいね。」


あるニートは賭けにでた。

自分の置かれた状況にうんざりした彼は、人生最後の賭けに出た。

自分の事を心配してくれる人がいる。

だから、せめて、その人を心配させない程度に生きてみようと 心に誓った。
 
もう一度だけ人並みに生きることに、生死を賭したのだ。

しかし本当はわかっていた。自分には、それが、とてつもなく難しいことを。

しかし本当はわかっていた。自分には、それが、できる事を。

昔、塾の講師が言っていた。


「死ぬ気でやれば大抵の事はできる。死ぬくらいなら死ぬ気で生きろ」


俺は、玄関を開けて外に出た。 】




本当の話かは分かりませんが、凄く心に感じるものがありましたね。



「想う」気持ちは、人に気力、活力、生命力、いろんな力を与えてくれるものですよね。

「想う」気持ちって素敵です!!



「想いたい」し「想われたい」

そういう関係・存在が現れたら、人生変わりますよね。



それぐらい「想う」って大きなものです。



人を「想う」からこそ、自分を変えようと頑張る心も出てきます。

もっとカッコよくなろう、もっと優しくなろう、もっとマジメに生きよう・・・


人を「想う」からこそ、

人から「想われたい」と望むからこそ、

自分を変えようと努力が生まれる、望みが生まれる。



そして、そこから人は、前に進んで行けるし、成長もしていく。



「想う」ただそれだけが、人を大きく変える。



お互い「想い」続ける。
それが一番の幸せです。

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不思議の持つ力
2012.09.26 Wednesday 13:37

齊藤ゾンビです。
 


ある人が言っていた言葉で、人が成長する為に一番大切なことは「不思議がる心」だと説いていた方がいました。


その方は、このようにおっしゃっておりました。



「人が「学ぶこと」を行う第一歩は、不思議に思うことから始まる。

「何でこうなるんだろ?」

「何でこんなことをしているんだろ?」

「何であの人は、悲しんでいるんだろ?」

「何で自分は、こう感じているんだろう?」

何で?何で?が人に学ぶ力を与え、そして、成長が始まっていく。


アインシュタインが子供の頃、方位磁針を見て何でコレはいつも北を指すのだろうと不思議がらなければ相対性理論は生まれなかったかもしれない。

釈迦がなぜ差別があるのかを少年の時に不思議がらなければ仏陀は生まれず仏教も無かったかもしれない。

ソクラテスが「知」とはそもそも何なのかを不思議がらなければ「無知の知」は生まれなかったかもしれない。

エジソンがそもそも学校とは何の意味があるのか不思議がらなければ電気が発見されるのが遅かったかもしれない。

ジョン・レノンやポール・マッカートニーが若い頃何でエルビスがこんなにカッコイイのか不思議がらなければビートルズは生まれなかったかもしれない。




「不思議がる心」は、人や世界を成長させてくれる源となっている。


この心を一番持っているのは、「子供」。

子供は、必死に成長しようとしている段階で、いろんなことに興味を持ち、いろんなことを不思議に思う。

そして、親や大人に聞いて学んでいく。


「不思議」から学べるものは、「知識」だけではない。

「不思議」からは、「心」も学べる。

「なぜ、悲しんでいるんだろう?」・「なぜ、喜んでいるんだろう?」・「なぜ、怒っているんだろう?」

その不思議の答えを見つけることで、人の心を理解し、人との接し方、自分の心の在り方を見いだしていく。

 

だから、大人は、子供の「不思議がる心」をないがしろにしてはいけない。

子供の「不思議」が分からなければ「分からない」ままにしてはいけない。

自分も分からなければ、一緒に考えることが大切。

もしも、子供の「不思議」を無視していれば、学んでいく力を止まれせてしまうことになる。

又、心の成長を止めさせることにもなる。


子供の「不思議」には、未来がつまっていることを忘れてはいけない。」



とおっしゃっておりました。



大人になると「何で?」と思うことって少なくなりませんか?

それは、自分が大人になったから?

たくさん学んだから?

たくさん成長したから?

それは、違う。

周りをよく見れば、たくさんの「何で?」がある。

でも、何でそれに気付かなくなってしまったのか?


[何で?]という「不思議がる心」を失わせてしまうのは、[常識]というものなんじゃないでしょうか。

アインシュタインが残した言葉にこのようなものがあります。


[常識とは人が18才までに集めた偏見のコレクションである]



「常識」は、人から考える心を失わせてしまいます。

成長することを止めてしまいます。

そして、それが間違っていることでも気づかなくなってしまいます。

何でも気付かなくなってしまいます。


「何でも」の中には、人の心も含まれます。

人が悲しんでいるのにも、怒っているのにも、何にも気付かなくなってしまうかもしれません。


「常識」=「当たり前」という心は、心を盲目にさせてしまう。


「不思議」とは、「思考」ではなく、「感じる」こと。

人の心から「不思議」を無くしてしまったら、何も感じなくなってしまうだろうね。

人の痛みや悲しみにも。



それに比べて、子供は人の感情にとても敏感。

それは、感じる心が強いから。

 

もし、子供が不思議がって質問してきたら、その質問をないがしろにしてはいけない。

子供の持つ「不思議がる心」は、人間にとって大切な部分・成長を担っているから。





「大人」という言葉にも気をつけなければならない。

「自分は、大人だから」と思う気持ちも又成長を止めてしまう。

常に自分自身(不思議がる気持ち・意思)を持っていなければ、心の盲目になってしまう。

何も見えなくなってしまうからね。



今回の記事に近いことを書いている過去の日記「盲目になりたい」も良かったらご覧下さい。

| obakeland | 心理 | comments(2) | - | pookmark |
幸せタイム
2012.09.24 Monday 20:47
 齊藤ゾンビです。


中学生の頃に友達の母親からこんなことを言われたことがあります。


「遊べるのは今だけだから、たくさん遊んでおきなさい。」



その時は、意味がよく分かりませんでしたが、
大人になってその意味が分かるようになりました。

大人になって社会人になり、一生懸命働くようになって、
そうすると友達とは疎遠になったり、遊ぶ気力体力も無くなったり、仕事で休みが無かったり、
子供の頃のように友達と遊ぶということが減ります。

それは、誰もがそうでしょう。





大人となった今では、友達の母親がそう話した訳がよく分かります。



子供時代は、毎日のように友達と遊んだり、家族とどこかに出かけたり、毎日が楽しい日々に包まれていたと思います。

それが普通であり、子供にとってその普通の時間がとても大切です。


しかし、あの時の感覚って大人になったら味わえないですよね。

ウブで純粋だったからこそ見えていた世界。
そして、友達とハメを外してバカなことをして楽しんだあの頃。



とても有名な映画「スタンバイ・ミー」は、正にそのような子供の頃の思い出がいかに大切な日々であったかを教えてくれる作品です。



内容は、
大人になった主人公が子供の頃の思い出を回想し、その頃の思い出を懐かしむという感じの作品です。
作中のほとんどは回想シーンとなっており、子供の頃に親友4人組と森へ探検しに行くのがメインとなっています。


私は、この映画が大好きで、10回以上は確実に見ています。


この作品は、絶対に子供の頃に1度は見ておいた方が良い作品です。
または、今、子供が居る人には、子供に見せてあげるのがおすすめです。

なぜなら、この映画は、子供の頃に見た時と大人になってから見た時とでは心に感じるものが大きく違うからなんです。


子供頃に見た時は、少年達の冒険とやり取りにワクワクして見ていたものです。

大人になってから見ると、作中の回想シーンの様に子供時代の思い出を懐かしむ感覚に浸り、
大人になって忘れてしまった何かを思い出させてくれます。

それは、つかの間の辛い現実を忘れさせてくれて、ほっこりした気持ちになると共に切ない気持ちにもさせてくれます。



そして、作中の最後に大人になった主人公がこう語って終わるのが胸に凄く響くんですよね。

「私は、十二歳のときにもった友人に勝る友人を、 その後、二度ともったことはない。」



このセリフを聞くと涙が出そうになります。

そう!!あの頃に持った友人でないと見えない世界や気持ちがあるんですよね。
まだウブだった、純粋だったからこそ見えてた世界と友達関係。

大人になると見えなくなってくるものです。
故に、あの頃の友人や気持ちは、築けないものなのだと感じます。



本当大人になってからよく分かります。



子供時代は、凄く大切な時間。

それは一生変わらない素敵な思い出です。



だから、私はいつも思うんです。

友人の母親が言ったように
「たくさん遊んでおきなさい!!」
と。


人の一生を通して見ると「子供時代」は、凄く短いものです。
そして、その時代が過ぎてしまうともう二度と戻ってきません。



だから、もしも、子供ができたらうんっと楽しませてあげたい。

いろんなものやことを見せてあげたい。

幸せな時間を過ごさせてあげたいですね。



そして、その思い出が大人になってから大きな希望や救いになってくれる時がありますからね。
それは、過去のブログ「最後の救い」をご覧ください。



「幸せタイム」逃したらイカンですね。
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二つの夢
2012.09.16 Sunday 11:41
 齊藤ゾンビです。


皆さん、人生はいろいろとありますし、大変なこともたくさんあると思います。

人が頑張れるには、一生懸命に生きれるには、目標や夢が必要だと私は思っております。

人は、何か目指すものがあるからそれに向かって必死に走っていけるといつも思っています。




学校の勉強だって何のために勉強しているのか分からずにしていても全然一生懸命になれないものですよね。

私も学生の頃は、勉強が嫌いで成績も悪い方でした。

特に中学の時の英語は、とても苦手で学校で偏差値が出た時は、英語の偏差値が34とかだったと思います(汗)。

それぐらい苦手でした。

しかし、中学3年生の時に映画をキッカケにアメリカに行ってみたいという夢・目標を見つけ、そこから英語の勉強への意識が一気に変わりました。

「英語を話せるようになってアメリカに行くぞ!!

本場ハリウッドに行くんだ!!」

中学生の頃の私の心の中は、そんな気持ちでいっぱいでした。




そして、英語を勉強するのがとても楽しくって仕方なくなり、学校の休み時間でも帰宅してからもずっと英和辞典を熟読していました。

辞書を読んで新しい単語を覚えるのが楽しかったんです。





そして、英語の授業も積極的に受けるようになり、私の成績はどんどん上がっていきました。


34だった偏差値が、何と数ヶ月で72ぐらいに上がりました!!

約2倍です。


クラスの頭の良い優等生からも

「英語の点数勝負しようぜ!!」

と言われた時は、認められた感じがして嬉しかったことを覚えています。



人は、目標や夢があると活き活きと出来ます!!

それは、仕事であったり、趣味のことであったり、恋愛のことであったり。



しかし、「目標」や「夢」が人の生きる原動力を与えている半面、その「目標」や「夢」を失ってしまった時の辛さは一番苦しいことでもあります。

全てを失った、そんな気分になるんじゃないでしょうか?


漫画家の手塚治さんは、夢についてこんな言葉を残しています。



「みなさん
夢は二つ以上持ってください。

僕も漫画家と医者という
二つの夢を持っていました。

夢が一つしかないと
その夢が破れた時挫折してしまう。

でも二つ以上夢があれば
そうはならないでしょ 。」




夢・目標を挫折した時の絶望感・喪失感は、とても大きいものです。
「生きる気力」さえ無くなってしまうかもしれません。


「夢(目標)」は、「生命力の燃料」


保険として二つ持つことは、とても大切なことです。


夢・目標を持っていること自体幸せなことだと私は思います。

生きるのが楽しいと思えることが、生きることで一番大切なことですからね。

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恐怖を克服するには・・・
2011.02.13 Sunday 08:03
 齊藤ゾンビです。


最近、ある映像を見ました。

それは、心を閉ざした一匹の犬を一瞬にして心を開かせ、人間と犬との心を繋いだ凄い映像です。



その犬というのは、動物シェルター施設(日本で言う保健所のような所)に入っていた「エディ」という犬です。



エディは、いよいよ殺処分になるという直前の1時間前に見るに見かねたブロウィンさんという方が、「私が飼う!!」という強い決意のもとに連れて帰ってきたメスの犬です。

引き取ってきたものの、エディはブルブルと震え、おびえた状態がおさまらなかったそうです。



同類の犬達が次々と殺処分される保健所の施設、殺される犬達の叫び吠えを聞けば残された犬達もそこが何をする場所なのか気付いているそうです。

それ故に、いつ殺される分からない極限状態の中エディはずっと居た訳ですから、人間を恐れることは、当たり前であり、そのおびえ方も尋常ではなかったものだと思います。

実際、映像を見れば分かりますが、こんなにおびえた犬を見たのは、初めてというぐらいおびえきっています。



そこで、同じような境遇にいた犬たちの心を次々と開いてきた獣医、エラドさんに電話をし、エディと一緒に彼の病院を訪ねたんだそうです。



病院に到着し、最初エディーは、おもらししてしまうほど興奮し恐怖におびえていたそうです。



獣医さんは、部屋の隅に縮こまったエディをリードを使って引っ張り出し、すぐさま膝の上に乗せました。



するとどうだろう。ひざの上に乗せ”抱っこ”した途端、エディは今まで緊張していた心が解き放たれ、まるで母の胸で眠っていた頃のように、穏やかで安心した様子を見せ始めるのです。

それは、本当に一瞬です!!!

ひざの上に乗るまでは、金切り声を上げるほど強い抵抗を見せるが、ひざに乗った瞬間に穏やかになり落ち着きだすのです。

まるで魔法のようです。

飼い主のブロウィンさんの家では、ずっとおびえ続けていたのに!!
それを一瞬で!!


そして、あんなにおびえていたエディが尻尾を振って喜び出します。



エディは、そこから一切吠えなくなり、仰向けになって相手にお腹を見せるほど心を開いてきます。



そして、汚く伸びた毛を散髪することも抵抗せず、受け入れ、



綺麗な姿となり、今、エディは幸せに暮らしているそうです。



映像の最後には、獣医さんからこんなメッセージの言葉書いてあります。



「シェルター(保健所)では、きっと全てが恐ろしく感じられたことだろう。

特にエディのような4キロしかない小さい子にとっては。

もし保健所にいくようなことがあったら、こんな子たちを放置しないであげてほしい。

全てのエディーのような犬は愛が伝わる「だっこ」を必要としているんだ。」




スキンシップによるコミュニケーションほど“愛”が伝わるものはないだろうと私は思います。

そして、この獣医さんと犬のコミュニケーションを見ても分かるように、スキンシップの愛の交流は、人間だけのものではないとよく分かります。



私もずっと前に体調がとても悪くなり病院に少しだけ入院してた時があります(少しって2時間ぐらいですが(笑))。

具合が悪過ぎて身動きも喋ることも出来ず、大きな不安を抱えたままベッドの上で目をつぶって横になっていました。

その時、ベッドの横に居た友人が私のベッドの中に手を入れて、私の手を握りました。

私は、「何だろう?」と思いましたが、身動きも喋ることも出来なかった私は、黙ったまま手を握られ続けました。

すると不思議なことに握られた手から伝わってくる手の温もりが癒しになっていき、徐々に心の中に溜まっていた不安が取り除かれていったのです。

私は、その時思いました。

人の温もりほど癒されるものはないと。

後日、その友人になぜ手を握ったのか聞いてみると手が冷たかったから温めようと思って握っていたとおっしゃっていました。



私は、手を握られた時のことがとても印象的で忘れられない出来事の一つです。

そして、私も人が真に苦しんでいる時こそスキンシップを忘れないようにと心掛けるようになった出来事でもあります。



私も体験したように肌の温もりこそ一番の “愛” であり、究極の癒しなんだと感じています。




”恐怖” は、 ”愛” によって克服出来る!!

エディを見て私は、深くそう思いました。



エディの映像


 
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“信念”が下す決断
2011.02.12 Saturday 08:04
 齊藤ゾンビです。


先日、「本当の恐怖を知ること」で、火事の映像を紹介しましたが、世の中に真実を伝えるということは、とても大変なことで、尚且つ、代償を払わなければいけないものだと考えたりします。

代償というのは、「世間からの非難」というもの。

ブログにも書きましたように多くの人の中には、「助けないで撮影をするなんて」と思う人ももちろん居ると思います。

しかし、第三者に現場の映像を見せることで、そこから生じる利点も少なからずあると感じます。

“人を助ける” ・ “撮影する” の葛藤は、非常に決断を迫られるものだと感じます。



そんな状況に常に立たされているのが戦場カメラマン・報道カメラマンだと感じます。


ある戦場カメラマンの方がおっしゃっていた言葉があります。

「世界には、戦争で苦しんでいる人たちがたくさんいる。
子供たちは特に。
私たちの知らないところで苦しんでいる人たちが居るということを知らないままでいたらいけないし、忘れることもいけない。
写真を撮って、真実を世間に知ってもらい、興味を持ってもらいたい。」


ということを誰かがおっしゃっていたのを覚えています。

それは、正にそうだと思いますし、戦場で苦しんでいる人たちは、自分から助けを求めることなんてとても難しいこと。

“助けてもらう”ということは、まず誰かに助けを求めていることを知ってもらわなければいけない。

戦場カメラマンのような危険な現場に赴き、世界に現状を伝える役を担っている人たちは、本当に重要だと思うし、凄いと感じる。


危険な戦場に自分の命も省みずに赴くことは、並大抵の気持ちで出来るものではないと思います。

それを可能にしていること・勇気を奮い立たせているものは、本人の仕事に対する“信念”でしかないと思える。

“信念”を辞書で検索すると「 正しいと信じる自分の考え」と出てくる。

自分が正しいと思うこと。

それだけが、人を突き動かす原動力となっていると思う。




戦場カメラマン・報道カメラマン、とても感心のある仕事です。


では、ここで一人の報道写真家を紹介しようと思います。


報道写真家の“ケビン・カーター”という方がいました。



1994年に自殺してこの世には、もう居ません。

彼を自殺に追いやったと言われている彼が撮影した世界的に有名な一枚の写真があります。

誰もが一度は見たことがあるであろう 「ハゲワシと少女」 という写真です。




この写真の詳しい詳細は、



「1983年から続く内戦と干ばつのためにスーダンでは子供たちを中心に深刻な飢餓が起こっていた。

しかし、スーダン政府は取材を締め出し国外に伝わらないようにしていた。

そんな中カーターは、内戦の状況を伝えようとスーダンに潜入した。

カーターが訪れた国連などの食料配給センタ−があるアヨドという村では、飢えや伝染病で1日に10人から15人の子供たちが死んでゆく有様だった。

やりきれなさから、その村から離れようとして村を出たところで、ハゲワシがうずくまった少女を狙うという場面に遭遇したのである。

現場にいたカーターの友人でありフォトジャーナリストのジョアォン・シルバの証言などによると、写真の構図は母親が食糧を手に入れようと子どもを地面に置いた短い時間にできたものであったという。

カーターは写真を撮った後、ハゲワシを追い払い、少女は立ち上がり、国連の食糧配給センタ−の方へよろよろと歩きだした。

それを見た後は、すさんだ気持ちになり、木陰まで行って泣き始め、タバコをふかし、しばらく泣き続けたと手記に記している。

この写真が、ニューヨーク・タイムズ紙に1993年3月26日付けで掲載されると強い批判がニューヨーク・タイムズ紙に寄せられた。

大部分が写真を撮る以前に少女を助けるべきではないかという人道上からのものであった。

この写真は「報道か人命か」という問題として、その後何度かメディアで取り上げられ、論争に発展した。」



というものです。

この写真のお陰で、多くの人々がアフリカの実情、飢餓が日常のものであることを知り、多くの支援が国境を渡ったそうです。

正に、それは、一枚の写真が持つ力であり、撮影者が望んだ一番の結果だったと思います。


上記してありますように、この写真は「報道か人命か」という論争が発展したそうですが、その答えを一つにすることは、とても難しいことでしょう。

どちらの言い分も正しいですからね。


“写真を取らないことで救われる命もある”し、“写真を撮ることで救われる命もある”っていうことですからね。

とても難しいことです。



しかし、世界中の非難の矛先が撮影したケビン・カーターさんへそそがれることとなり、その精神的苦痛で自殺をしてしまったと言われているだけあって、とても悲しく感じます。

ネットにも書かれていましたが、元々はこの様な現状を作り上げてしまった国家そのものに非難がそそがれるべきであるのに、その現状を世界中に伝え助けを求める役を担った方が非難されるのは、とても切なく感じます。

この写真のお陰で、支援が送られるようになり救われた命も大勢いたと思います。

それが、せめてもの救いである結果だったと感じます。



時に“伝えること”には、“代償”が伴う。

そして、伝えることが大きければ大きいほど、その代償は増していくものだと感じる。

常にその時の選択は、巨大な葛藤を突き付けられるが、その葛藤を払いのけることも又、自分の“信念”でしかないのだと思う。

“責任”は、“信念”があって初めて受け入れられるものだと思う。

“信念”を持つことは、選択を迫られる人間社会にとってとても大切なものだ。



私もこの仕事をこれからも“信念”を持ってやっていきたいものです。
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