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 齊藤ゾンビです。


先日、とても感慨深いアニメとして「ぼくらの」を紹介しましたが、
このアニメのOP主題歌として使われている「アンインストール」もとても素敵な曲なので、
紹介したいと思います。

「アンインストール」は、このアニメの為に製作された曲です。


命を賭けて戦うはめになった子供たちの心情や気持ちを歌詞にまとめた内容となっており、
主題歌ともなっている「アンインストール」という言葉は、
サビの部分で連呼され歌われます。




「アンインストール」は、パソコン用語で「削除」という意味です。

現実世界をパソコン世界に置き換え、
子供たちが死んでいく(アンインストールされていく)姿を歌っている意味にも取れます。


どこで拝見したのか忘れてしまったのですが、
作詞作曲した石川さんが話していた内容で、


「子供は、親を選べないゆえに自分で身に付けていく(インストールしていく)ものも
親の影響に大きく左右される。

子供の心に何をインストールし、どんな人間を形成していくかは、
とても大事なことなのです。」


的なことを書いていたのを読みました。


確かに子供は、「子は、親の背中を見て育つ」・「カエルの子はカエル」と言うように、
親の影響はとても大きいものです。

常に親のそばに居る故に、親が与えるもので子供は育っていく。
アニメ「ぼくらの」は、その部分を深く描かれている。

「子」は、「親」がカスタマイズして人間性が作り上げていくものですから、
何を「インストール」させていくか大事な選択になってきます。

だから、子供に「何を見せ」・「何を教え」るのかが、子供の人生において大きく影響してくるんですよね。


この話に繋がるものですが、

先日、ヨットで世界一周を(確か)7回も成功した斉藤実さんという冒険家の方のトークイベントに行ったのですが、
実さんが強く話していたのは、
「人には夢を与えるのが一番大事」
と話していました。



何かのキッカケで子供の自殺問題の話になった時、
実さんは、

「子供を自殺させない為には、
自殺をしない心を作ることがとても大事。
強い心を持たせるには、夢・目標を持たせることが大事。
人生は辛いことがたくさんある。
その辛さは、夢や目標があれば乗り越えられるものなんだ。

だから、親は、子供に夢・目標を持たせなきゃいかんのだ。
私は、今まで辛いことがたくさんあったが、夢・目標があったから強く乗り越えてこれた。」


的なことを何度も話しておりました。

「夢・目標」を与える=「インストールさせる」
ことの大切さですよね。


又、先日、ある動画を見てとても興味深いなと思ったものがあります。

その動画は、タレントの「関根勉さん」が、5年連続「素敵な親子大賞」的なものに選ばれ殿堂入りされたことについてインタビューを受けていた映像です。



そこで、関根さんは、素敵な親子関係を築く為の秘訣というものを語っておりました。


素敵な関係を築く為には、
まず子供に「生きてるって楽しいんだ」と思わせることが大切だと考えたそうです。

その為に子供の「自尊心」を高めてあげることが大事だと考えたそうです。

まだ2〜3歳の娘に「自尊心」を育てる為にどうしたら良いか考えた末に、
自分は芸人だから「笑わせること」しか出来ないと考え、
毎日、娘を笑わせることを頑張ったそうです。


「娘を笑わせること」と「自尊心」にどう繋がるのかと言うと、

娘さんにとって
「私を笑わせてくれている」=「私を思ってくれている」
となって「愛情」を分かりやすく雰囲気で伝えられるのです。


そして、少し大きくなった小学3〜4年生の時には、
しっかりと言葉で言わないと・伝えないといけない(そういう時期)と考え、
自分が娘に対してどう思っているのか真剣に話したそうです。


「俺は、お前の為に死ねる。
親というのはそういう気持ちなんだ。
俺は、それくらいの気持ちで生きているから、もしも、いじめられたり悩みがあったら、
必ず俺に話してくれ。
俺は、お前の為に前に出て行く!!」


と真剣に話したそうです。

そして、「君が生きてて嬉しい」と強く伝えたそうです。


親が子供に対してどう思っているのか?
それは、子供にとってとても重要なことですし、
そこの考えがずれてしまうと非行に走ったり、悩み事も親に相談出来ず、
取り返しのつかないことにもならない。

だから、真剣に気持ちを話すということは、
凄く凄く大事なんだと関根さんは言います。


決して「俺は、これぐらいしてるから分かるだろう」という考え方は良くない。

しっかりと伝えることで子供の「自尊心」は、しっかりと形成されていき、
親子の絆は作られていくとのこと。


そして、「自尊心」は、子供にだけでなく「妻」に対しても気遣うべきだと関根さんは語ります。

一番子供の傍に居る妻にとって家事や育児は、大きなストレスとなり、
イライラした時、子供に八つ当たりしてしまうそうです。

そこから家庭が崩壊してしまうこともありますからね。

だからこそ、「妻」へのフォローが大切だと話します。


その為に関根さんは、妻が料理を作ってくれたら必ず、
「ありがとう」
と言うそうです。

又、掃除をしてくれた時は、
「スッキリして気持ち良いね」
と話すそうです。

もしも、料理が美味しくなくても、掃除にアラが見えたとしてもそんなことは関係なく
「料理をしてくれた」、「掃除をしてくれた」
という事実に感謝をすることは大切だと話します。


肝心なのは、「(妻が頑張ってることを)旦那は分かってるんだ」ということを伝えることで、妻は育児や家事の苦労を耐えられるようになる。

それは、釘1本で崩れない家と同じで、「旦那は、俺は分かってるよ」が釘になるんだと熱く語ります。


そうやって妻をフォローすることで妻は「子育てブルー」にはならないんだそうです。


何か大きなことを乗り越えるというのは、関根さんが語るように、
「相手に伝える」・「認識を持ってもらう」=「(心に)インストールさせる」
ということなんだと深く感じます。


関根さんは、「娘さん」と「奥さん」のことが大好きでたまらないとよくテレビでうかがいますが、
しかし、「僕の妻は、僕には冷たいんだよ」とよく話します。

それでもずっとずっと奥さんに対して毎日毎日一所懸命に尽くす関根さんは、
本当心の底から愛しているんだなといつ見ても私は感じます。

心の底から愛しているという気持ち、妻の為なら何でも頑張れるという「奉仕精神」 (愛する気持ちの強さ)が、
関根さんの心強さなのかなと感じます。



関根さんの話す、
「愛している事実」、「俺は分かってるよという事実」
強くなれる原動力となるものをどうインストールしていくか、
これが人にとってとても重要なことになっていくんですよね。

又、「私は愛されていない」、「誰も分かってくれない」という思い(疑念)を心にインストールしてしまったら、
簡単には「アンインストール」は出来ない。

だから、人との接し合いというのは、
とても慎重に行っていかないといけないですよね。

大切な人であればあるほどに。


子供でも大人でも、
一緒に生きるパートナーというのは、
お互いに築きあげる・カスタマイズするパソコンのようなものみたいですね。

だから「アンインストール」の歌詞は深いなと。

どんな性能にするか?
それは、お互いに築き上げていくものなんですね。




人が生きる上で
斉藤実さんがおっしゃる「目標」

関根さんがおっしゃる「自尊心」

関根さん自身の「奉仕精神」。



どれか一つでも持っていないと人にとってこの世の中を生き抜くには、とても辛いものではないだろうかと思います。



何を「インストール」し、何を「アンインストール」させるか、
そこは重要なことです。

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「ぼくらの」
2013.02.12 Tuesday 11:29
 齊藤ゾンビです。


今、「ぼくらの」というアニメを見ています。



このアニメを見るキカッケは、「シリアスなアニメ」を検索してたら、大絶賛されていた為、
見てみることにしました。

見てみると、まぁ凄い。

ジャンルとしては[ロボットアニメ]のジャンルに入るのだと思うのですが、
ストーリーが、全然子供向きではありません。



簡単に内容を書きますと、

15人の子供たち(中学生)がふとしたキッカケで大型ロボットの操縦士として選ばれる。
子供たちは、1台のロボットを順番に操縦していき、
地球を滅ぼしに来る謎の大型ロボットと戦うことになる。

しかし、大型ロボットを操縦するには、操縦士の生命力をエネルギー源とする為、
戦いが終わった後、すぐに操縦士(子供)は死んでしまう。

操縦士を拒否することは出来るが、操縦しなければ敵ロボットに地球を滅ぼされてしまう。
又、戦いに勝たなくては地球を滅ぼされてしまう。

そして、操縦士になれるのは、選ばれた15人しか出来ない。

選ばれた子供たちは、自分の命を賭けて、地球上の全生命を背負って戦わなくてはならない。

そんな極限の状況の中、子供たちの複雑な心境を描きながら物語は展開していく。





という話です。


これが、本当深い作品なんです。

毎話主人公(操縦士)が死ぬ訳なので、毎話主人公が違います。

そして、主人公となる15人の子供たちは、それぞれ育ってきた環境が違う為、
「戦いへの心構え」や「言動」が様々です。

様々な子供たちを通して「人が死に直面した時」・「大きな使命を背負われた時」の行動の大きな違い、
そして、人が育ってきた環境によって人の心・考え方・行動はこんなにも違いが出てくるのだと感慨深くさせてくれます。


[操縦士になる]=[死ぬ]
[操縦士を拒否する]=[死ぬ(全人類)]


必ず[死ぬ]と決まった状況では、人の心など抑制することなど出来ません。
一気に心がむき出しにされてしまうのです。



又、[死]を知り、最大の恐怖を味わい[嘆き]・[悲しみ]、悲壮感におぼれます。
そして、[死]を受け入れた瞬間、全ての恐怖を打ち消す無敵の心を手に入れる。
なぜなら、人にとって最大の恐怖である[死]を受け入れたのですから。

無敵の心を手に入れた人間は、心の抑制などありません。
「本能」のままに動くのです。

それは、大人・子供も関係ありません。
大人は、「経験」から「忍耐」を身に付け、子供より心を抑制出来ている・いないに過ぎない。
大人も子供も根本である「心」の部分は変わらないのです。

そこで初めて「育ってきた環境」=「形成された人間性」が一気に浮き彫りにされるのです。


それは、自暴自棄に走り破壊へといざなうのか、
それとも、守る人の為に戦うのか?



この[ロボットアニメ]は、ロボットが戦うのがメインではありません。
ロボットが戦うのは、ほんの少ししかありません。

メインは、子供たちの心。
毎話操縦士に選ばれた子供の過去が映し出され、
どんな環境に育ち、どんな心を形成されていった子供なのかを見た後に戦いへと繋がっていきます。



「ロボットの戦い」、それは、ロボットは子供たちの「心」そのものを映し出した[結果]なのです。




子供たちの様々な生きざまを見て、毎話深く考えさせられます。
深く考えさせられる要因として、このアニメには「綺麗事」というのがまったくないというのもあります。

全てが「ハッピー」ではない、それが「現実」。

「現実」をシリアスに深く描いている凄いアニメだと思います。



世間では、あまり知られていないアニメのようですが、
これは凄くオススメの作品です。

是非皆さんもご覧になってみて下さい。


本当素晴らしい作品に出会ったと思います。


「ぼくらの」のPV動画


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代償は、 “孤独”
2012.09.12 Wednesday 16:40
 齊藤ゾンビです。


映画「ソーシャル・ネットワーク」を観ました。



この作品は、正に “仕事とは何か?” と、いうことをハッキリと教えてくれた凄い作品でした。

この作品は、世界で5億人の登録者数を誇る、世界最大のコミュニケーションサイト “フェイスブック” を発明したマーク・ザッカーバーグの “フェイスブック” を作り上げるまでの半生を描いた作品です。

アイディアの盗作疑惑で訴えられたり、仕事のパートナーである親友から訴訟を起こされたり、 “フェイスブック” を作り上げていくまでに様々なトラブルに見舞われながらも、いかにして作り上げていったのかがこの映画の見どころになっています。

とにかく、この映画の主人公フェイスブックを発足したマークさんが、とても切ないんですよ。


主人公のマークさんは、“フェイスブック” を作り上げた人だけあって、凄く秀才な方で、その学問的才能は、いろんな企業や天才達が欲しがるほどの人。

しかし、秀才過ぎる故に人付き合い(人とのコミュニケーション能力)に大きく欠けている人なので、友達が全然居ないのです。


そんな彼が、フェイスブックを作ろうと思ったキッカケが、「友達を作る為」。


友達を作る為に必死に作り上げていき、作り上げたフェイスブックは今では、5億人の登録者数を越える世界最大のコミュニティーサイトまでになり、創始者のマークさんは、たくさんの友達を作ることが出来たか・・・・・というとそうでもなく、逆にマークさんは、以前よりもっと孤独になってしまったのです。

それは、上に立つ者の宿命みたいなもので、「大きなことを作り上げる」為には、人の何十倍も苦労をしないと成し遂げられないもの。

マークさんは、5億人もの人口を抱えるコミュニケーションサイトの管理とシステム向上の開発とそのプログラミングとで、休息も取れない程の多忙な生活を送り、更に孤独な生活を送るようになってしまうのです。



そんな皮肉な姿が映画では、描かれています。


どんなことでもそうですが、「お金」や「地位」など大きなものを得ようとした時には、様々なものを犠牲にしないといけません。

その中には、「孤独」というものが大きくあると感じます。


世界の大スター「マイケル・ジャクソン」も多額の収入と豪邸や遊園地などを所有していたが、
それらを持っているモノを堪能する時間や余裕が全然無かったと聞きます。



「マイケルジャクソン孤独なピーターパン」(著者名:マーク・ビゴ:新書館)
という本に

「自殺したいと思うほど寂しい。家にいても孤独なんだ。
 部屋に座って泣き出すことがある。友人を作るのがとても大変なんだ」

と22歳の時に親しい友人に対して心境を語った文章が引用されていた。


仕事は、「孤独」との戦いでもありますよね。
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犬と猫と人間と
2011.02.24 Thursday 03:14

 齊藤ゾンビです。



ペット大国でもある日本で飼われている犬と猫は、

犬:1310万頭 、 猫:1373万頭

もいるそうです。



そして、そんなペット事情の裏側では、



犬と猫

毎年、保健所で殺処分される数は、年間28万頭もいるそうです。

一日にして平均784頭も死んでいます。



そんな知られざるペット事情の裏側に迫った一本のドキュメンタリー映画があります。

それは、 「犬と猫と人間と」 という作品です。



この作品は、ペット・動物の命についていろんな方向からアプローチをし、命について考えさせてくれる作品。

私は、まだ見たことがないのですが、先日テレビで紹介されていて、紹介された映像だけでもとても心に残った作品だったので紹介しようと思います。



この作品は、様々な視点からペットの犬と猫たちの姿・世間の在り方を捉えています。

その中には、保健所の風景などもあり、又、保健所で、実際に犬や猫の殺処分の手を下す人のコメントもあります。

「処分されるんだったら自分がやってあげた方が良い」




身勝手な事情で犬・猫を手放す(保健所)飼い主の取材、



電気も通らない山奥に住み込み、100頭以上の捨て犬の面倒を見る老人とそれをサポートする若者たち



自分達のお年玉をつぎ込み、捨て犬の面倒を見る小学生




そして、動物愛護が進んでいるイギリスに赴き、ペットに対する考え方の違いを取材したり。


このような犬や猫を取り巻く様々な人たちを捉え、完成までに4年を掛けて制作されたこの作品は、命の大切さや尊さを伝えた作品なのです。






しかし、この映画を手掛けた “飯田基晴監督” は、元々動物にはまったく関心が無かったそうです。


そんな彼に映画制作の依頼兼スポンサーとなってくれたのは、意外な人物だったそうです。

その人物とは、猫好きの普通のおばあちゃんの稲葉さん(77歳)だったそうです。



稲葉さんは、監督に


「私の貯金で動物の命の大切さを伝える映画を作って下さい。」


と申し出て、満期を迎えた生命保険金1000万円を製作費として監督に提供したそうです。

そして、監督にこう伝えたそうです。


「私が生きているうちに、見せてくだされば、いいです。」


と言ったそうです。

そして、稲葉さんがこの作品に望むことは、


「子供も大人も(映画を)見て、(動物を)大切に育てようって思ってくれれば」


ということ。



しかし、稲葉さんは、映画の完成を見ることなく、2007年に他界してしまったそうです。


監督は、この映画の最後にこのようなメッセージを添えています。


“この作品を稲葉恵子さんとここに登場し処分された犬と猫たちに捧げる”





映画「犬と猫と人間と」の予告編










日本のペット事情を捉えたこの作品ですが、海外のペット事情と日本とでは、異なることがあります。


動物にも健全に幸せに生きる権利があるという考え方(ANIMAL RIGHTS)が定着しているヨーロッパの数カ国では、生態販売をしているペットショップが無いそうです。

犬や猫はショップではなく、保健所で捨てられた、もしくは、保護された犬・猫をもらう場合が多いそうで、よほどの病気でなければ、保健所の動物たちは、みんなもらわれるそうです。

その国では、子供の頃からペットというのは、そういうものだとしつけられているので、もらいに来た子供などは


「今まで凄く苦労してきたから、ウチに来たら凄く幸せになるじゃん」


と言って(と思って)引き取りに来るそうです。


その言葉に命に対する大きな思いやりを感じます。


しかし、日本のペット事情を見る限り、この国のペットに対する意識と日本とでは大きく離れていると感じます。

「犬と猫と人間と」の予告編の中でのセリフで、

“法律や文化やビジネスまで変えなくては”

と言っている部分がありますが、まさしく、本当そうだなと感じます。



ある方が言っていた言葉があります。



“ 『子犬が欲しいから店に見に行って買おうよ』
ではなくて、 
『子犬を家族の一員として大切に育てたい。だから、犬のお母さんから子犬を養子に貰います』
ということをちょっとでもいいから気にかけて欲しい”


その考え方の意識は、とても大切なことですよね!!




私の友人に昆虫が好きで、大ムカデとタランチュラを飼っている方が居るんですが、その友人は、

「大ムカデとタランチュラは、ウチに来て頂いているという気持ち、来てくれてありがとう。って気持ちで育ててるよ。」

という言葉が、印象深く覚えています。

ペットをただのペットとしての認識ではなく、もっと大きな存在として意識することは、大切にする為にも大事なことなんだと感じます。




イギリスだったかどこかの国では、犬を譲り受ける時には、ブリーダーさんの許可  “この人ならしっかりと育ててくれる”  という許可が出ないと譲ってくれないそうです。

そして、その国では、子供の動物は売らないとのことで、しっかりと心も体もケアされた大人の状態でしか渡さないそうです。


本物のブリーダーとは、


「本物のブリーダーはある限定種(普通は1種類。多くても2種類)の犬、または猫の繁殖を専門としています。

ブリーダーは単に動物を交配させて子供を産ませ、それを売って儲ける人ではなく、犬猫を大切に育てています。

大切な子犬子猫が新しい飼い主さんの元へ行っても、その子が元気でやっているか気にかけるものです。」


ということですよね(ネットから抜粋)。


ブリーダーさんにも動物に対しての意識をしっかりと持って頂くということは大切なこと。





しかし、海外のペット事情では、子犬・子猫を売らないということですが、日本のペットショップでは、どこに行っても子犬や子猫がたくさん居ます。

そして、大人の犬・猫が居るのをそんなに見かけないと思います。

それは、子供の方がかわいくて購買意欲をそそらせる為だからと聞いたことがあります。

大人になった売れ残りの動物は、養育費もかさむ為、売れ残った犬猫は格安にするか里親(無償)でどんどん手放していくそうです。

ブリーダー兼ショップというのもあるそうで、繁殖に使われる事もあるそうです。


しかし、今もそうなのか分かりませんが、昔は、動物実験用に実験所に送られたり、そのまま保健所に連れて行き殺処分されていたそうです。




このように子犬・子猫の需要が大きいためブリーダーさんも多くいらっしゃる訳なんですが、海外では、ブリーダーの免許がなければブリーダーにはなれず、そのような行為も禁止されているのですが、日本は、免許制が無く、誰でもブリーダーになれるそうです。

日本のブリーダーさんの中には、大切に育てる良い人も居れば、悪い人も居ます。

その悪い人というのが、通称「パピーミル(子犬工場)」と言われるもの。

糞尿が散らばった掃除もされていない劣悪な環境で子犬たちが育てられ、ブリーダー犬には無理な出産を強いさせ産めなくなったら殺処分、動物虐待とも見れるやり方で繁殖を行っているのです。



深刻な問題として、抱えられていることで、今の日本では、動物愛護法の虐待の定義が曖昧な為、一部の悪質なブリーダーに対応するにも行政は、指導を繰り返すのがせいぜいで処罰を科すことがほとんどないそうです。

ある団体は、ブリーダーの在り方に対して疑問を投げかけ、日本にもしっかり人でないとブリーダーになれないよう免許制にするべきだと国会に提案書を出しているそうです。



「犬と猫と人間と」の作中で外国人の方がこう言っているセリフがあります。


“日本の犬として生まれたくないなって思いましたね。”


そう思われない為にもしっかりとした法律が出来て欲しいですね。



「パピーミルについて取材したニュース」










調べればいろいろと分かってくるものです。




調べよう・ブログを書こうと思ったのも映画「犬と猫と人間と」の映画を知ったからでして、一つの映画の存在の大きさを感じました。

この映画があるのも全財産を提供してくれた稲葉おばあちゃんが居たからこそであって、もしも、稲葉おばあちゃんが居なかったら、この映画も無ければ、こういう情報を知らないままでいた人もたくさん居たと思います。


1000万円とは、大金です。

そして、全財産である1000万円を提供するということもある意味 “命(人生)を賭けた選択” でもありますし、大きな覚悟がなければ、こんな思い切った大きな選択は、一般庶民の方に絶対出来ないことだと思います。

正に、“命を賭けた選択” !!



命・人生、全てを賭けた人ほど強いものはありません。



躊躇も迷いもありません。

その迷いのない選択・信念こそ大きな一歩を踏み出す為の大事な要因。

大きなことを成し遂げる為には、この覚悟・強さが大事ですよね。




しかし、命を賭けられることなんて、人生に一度有るか無いだと思います。

それを見つることが出来たら、それは正に、「生きた!!」と実感出来ることなんだと感じます。



映画「犬と猫と人間と」の紹介映像を見て感じたことでした。







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「強さ」の魅力
2010.10.16 Saturday 04:47
齊藤ゾンビです。

先日、ある映画を観に行ってきました。

そのタイトルは、「アイルトン・セナ〜音速の彼方へ」。



誰もが一度は名前を聞いたことがあるであろう、世界のスーパースター“アイルトン・セナ”の生涯を捉えたドキュメント映画です。



私自身アイルトン・セナの存在を知ってはいましたが、どんな人で、何であんなに凄いと言われていたのか全然知識がありませんでした。

しかし、この作品を観て、アイルトン・セナという人物の魅力と偉大さを知り、驚きました。

映画を観てのセナの印象を一言で言うと正に「天才」と思いました。

そして、セナのことをいろいろと調べたら、異名に「Genius(天才)」と呼ばれていたそうです。

とにかく速い!!どんな車に乗っても速い!!どんな環境でも速い!!

その速さが「天才」と呼ばれる由縁。

イギリス「F1 Racing」誌において、「史上最速のF1ドライバー」、「史上最高のF1ドライバー」に共に1位で選出され、又、母国ブラジルにおいては、サッカー選手のペレ、ジーコと並んで、特に偉大なスポーツ選手の一人とされているそうです。



セナは、F1にデビューして早々に頭角を現します。

セナは、「トールマン」というレーシングチームに所属しレースに臨みます。

F1のマシーンにもレーシングチーム毎に作りが違い、この「トールマン」のマシーンでは、入賞は非常に困難と言われていました。

そして、予選13位から怒涛の追い上げを見せ2位に入賞します。

それは、デビューして僅か6戦でのことでした。

この時点で、世間の目は、セナの才能に気付き始めてきます。

そして、通算16戦目となる第2戦ポルトガルGPでは、2位に1分以上の差、3位以下は全て周回遅れにする独走劇で、念願のF1初優勝を果たします。

その速さは、天才という言葉でしか言い表せないものです。

確か史上最速の初優勝だった…かな。

あと、ポールポジションを1年間に13回も獲得するという大記録を作り、又、その記録を2年連続も記録しました。
(ポールポジションというのは、一般的に予選で最速のラップタイムを記録したドライバーが、獲得出来るスタート位置です。
レース開始後の最初のコーナーに一番近いため、レースに勝つためにはここが最も有利とされる。)

今までの記録では、年間8回が記録だったので、セナの13回は大記録と呼ばれるものでした。

誰をも寄せ付けない確固たる強さは、世界中の人たちを魅了させ、一気にスターへと君臨していきます。

又、人々たちを惹きつける魅力には、強さと共に勤勉さと人柄の良さも兼ね備えている点にもあります。

世界がセナに魅了される中、特にセナの母国ブラジルでは、熱狂的な支持を受けていました。



当時のブラジルの環境がとても劣悪なもので、国民たちは酷い状況に居ました。

そんな環境だったからこそ母国ブラジルのセナの活躍がブラジル国民の心の支えであり「希望」となっていたのです。

セナが優勝すれば、元気がなかったブラジル国民は歓喜し大喜びする映像が映画に写し出されていました。

多くのブラジル人の方が、テレビのインタビューで「セナは、私たちの希望」とコメントしていたのは、とても印象的でした。




どの生き物の世界でも共通して言えることだと思いますが、やっぱり「強さ」というのは、凄い魅力的なものなんですね。

「強さ」は、魅力的であり、又、希望を生みだす必需品でもありますよね。

その「希望」というのは、自分自身にであったり、また第三者の人にであったり。

セナが、インタビューで確かこういうことを言っていました。

「勝つことは、自分のモチベーションを上げるのに大事なもの」

セナは、自分の強さから「モチベーション」=「希望」を得ていたんだと感じます。

又、セナは、自分のモチベーションを保つには、良きライバルの存在が必要だと語っていたそうです。

セナの一番のライバルだと言われていたアラン・プロストは、セナの死後このようなコメントを残していました。




「彼は、モチベーションを保つために、ライバルが必要だと感じていました。
セナには僕が必要だったのです。
彼は私を倒すことに熱中しました。
でも、そこには互いに尊敬の気持ちがありました。
(92年に)一年間レースを休養していたときにも、セナとはよく電話で話しました。
彼は、私がいないとやる気が出ないと話していました。
その年の彼はレースへの情熱を失っているように感じました。〜」


トップに立つと張り合う相手も居なくなってしまいますし、そこで、成長も止まってしまうものです。

良きライバルというのは、自分自身の闘争心を燃やしてくれる燃料ですよね。

時には、悔しい思いをすることもあるものですが、それも全て含めて「モチベーション」の糧となり、それが自身の「成長」へと繋がっていくんですよね。

そう考えると、敵が居ないほどの強さを持ってしまうと寂しいものなんでしょうね。


このコメントを残したアラン・プロストという方は、当時圧倒的に強かったセナに唯一対等に張り合えた選手で、この二人の優勝争いは、世界中で大注目され、一大F1ブームを巻き起こしました。

私も映画を観ながら二人の優勝争いには、とても興奮しましたし、その当時のF1ブームの訳が凄く理解出来ました。

これは、本当に魅了されますね。


「強」と「強」のぶつかり合いは、凄い魅力的です。



「強さ」って本当魅力的ですね。


そんな魅力的な強さを持っていたセナは、94年のサンマリノGPで、時速312kmで走行中に、そのまま直進してコースアウトし、コース右脇のコンクリートウォールに激突し、セナが駆るマシン・FW16は大破し、34歳の若さで他界してしまいました。

事故の原因は、「パワーステアリング故障説」や「ステアリングコラム・シャフト破損説」といったものがあるが、今もなお原因不明とのこと。

世界のスーパースターであったセナの死は、世界中に衝撃を与えました。

特に母国ブラジルの国民たちの悲しみは、とても大きなものでした。


セナが事故死した1994年5月1日にはサンパウロにてサッカー・サンパウロFC対パルメイラスの試合が開催されていたが、開催者はこの試合開始直後に試合を止め、セナの死去をアナウンス、黙祷を行ったそうです。

又、当日のレースのテレビ中継を担当していたブラジルのテレビ局は事故後、一日以上セナ関連の番組を放送し続け、事故を掲載した新聞、雑誌は即日完売、葬儀を放送したテレビ番組の視聴率は60%を超えたそうです。

セナの亡骸がイタリアから母国ブラジルに搬送されるに際しては、ヴァリグ・ブラジル航空の定期便のマクドネル・ダグラスMD-11のファーストクラスの客席が用いられ、空からはブラジル空軍機が出迎えた。

映画の映像にも亡骸がブラジルに到着し、車に乗せられ運ばれていく中、沿道にセナを見送る人々たちの姿で埋め尽くされていました。

その数は、100万人も集まったと言われています。

セナがどれだけ、国民の人たちから愛されていたのかが分かりました。




世界を魅了したセナ。

その魅力は、一番に「強さ」にある。

そして、生涯一番のライバルであったアラン・プロストは、セナの死後こんなコメントも残している。


「セナが最も私を魅了したのは、彼が100%をレースに捧げていたことです。
実際に100%を捧げるのは簡単ではありません。
私には家庭もあり、休養もあり、ゴルフやスキーに熱中したりもします。
私の場合、98%くらいをレースに捧げているのだと思います。
でも、セナにはレースが全てでした。
私ならマシンにトラブルが起これば、すぐにピットに戻ります。
でも、セナは、本能で走ろうとするのです。
今では、彼と共に走ったことが、私にとって一番大切な思い出です。」


プロストが語ったセナの魅力、そして、その「強さ」の秘密。

それは、人生の100%を捧げていたということ。

それは、命をも。

プロストも語るようにセナは、多少のマシーントラブルがあったとしてもレースを走り続ける男。

レースに全てを掛けている男。

だからして成しえた偉業であり、伝説となった人物なんだと感じます。

アニメ「カイジ」でこのような言葉があります。

「命は、もっと粗末に扱うべきなんだ。
命ってやつは、丁寧に扱い過ぎるとよどみ、腐る。
最近の輩は、皆、己を大事にし過ぎて、結果、チャンスを掴むこともなく、ずるずると腐っていく。」
BY、帝愛グループ社長 兵藤和尊


まぁ、これは、兵藤和尊らしい度が過ぎてる言葉ですが、伝説となるほどの人物は、失礼な言い方ですが、正に命を粗末に扱っている。

松田優作(俳優)やマイケル・ジャクソン(歌手)、ロバート・キャパ(戦場カメラマン)etc…


みんな命を粗末にするほどに無理をして死んでいった人たち。

しかし、命を張った彼らの業績は、伝説として語り継がれるもの。

全てを捧げた=命を張った者ほど強いものはない。

正に「真の強さ」の根本たるものかなと感じます。


最近、「13人の刺客」を観たんですが、作中でとても印象に残っているセリフがあるんです。


大名の恐るべき悪行を知り(無残で残酷な殺戮)、大名の暗殺の使命を引き受けた侍である主人公「島田新左衛門」(役所広司)が、引き受けた際に発するセリフがあります。(うる覚えなので正確ではありません。)

「失礼ですが、とても興奮して手の震えが止まりません。
命を賭けられる使命を見つけられましたことにとても興奮しています。
感謝します。」

的なセリフを言って、その後、同じように命を張れる同志(侍)を12人見つけ、計13人で300人の軍勢に立ち向かい勝利を掴んでいく。

この映画でも「命」を賭けた者の真の強さというものが凄く伝わってくるものでした。


命を賭けられることを見つけられるということは、正に人の人生において最も重要なことだと感じます。

「人間は、何の為に生きているのか?」誰もが一回は疑問に思ったことがあるでしょう。

「何の為に?」そんな理由は、あるはずがありませんが、でも、人間は、その確固たる理由を見つけることが出来たら凄く強くなると思います。

「死」を凌駕してしまうと言いますか本当の力を発揮できるようになるものだと思います。

分かりやすくたとえるとしたら、好きな人が居て、その人の為だったら死んでも良いなんて感じですかね。

誰もが感じたことがある感情ですよね。

全てを賭けられることを見つけられた人ほど幸せなものはないかもしれませんね。

だからして「十三人の刺客」の島田新左衛門の興奮のしようは、リアルなものに凄く感じられます。



以前どかこで聞いた言葉ですが、

「人生はどれだけ長く生きたかではなく、どれだけ濃く生きたかだ。」

という言葉が印象的で覚えています。

セナは、34歳という短い生涯でこの世を去ったが、その人生はとても濃いものでだったと誰もが思うでしょう。



といろいろと感じさせてくれた映画。

そして、この作品のラストがとても印象的でした。

最後にレポーターが、セナに一つの質問を投げかけます。

レポーター
「あなたにとって一番印象に残っているレースは何ですか?」

という質問にセナは、1970年代後半まだセナが10代の頃のカートレースを挙げていました。

セナ曰く、その頃のレースには、政治やお金なども絡んでいなく純粋にレースを楽しめたと言っていました。

プロになりF1で活躍するようになるとやはり政治やお金が絡み、いろんな障害が生じて純粋にレースをすることが出来なくなったセナの苦悩が作中で描かれていました。

好きなことを仕事にしたくないという方がいますが、確かに「仕事」ということになった瞬間、自分自身で妥協をしなくてはならないことも出てくるものであって、純粋に出来なくなってしまうものだと思います。

特にそれがBIGになればBIGになるほどに「仕事」という呪縛は、純粋な気持ちをそぎ落とされ、自分自身でさえ純粋な気持ちを忘れ失っていくこともある。

セナは、お金と政治が絡んでいた故にとても苦しんだ。

映画の予告編にも出ますが、その質問の際にセナは、以下のセリフを言います。

「かなうなら78年か79年に戻りたい。
何の制約もない純粋にレースをしていたころに…」



確固たる「強さ」を持ったセナが発したその言葉からは、切なさと共に「強さ」ゆえの悲しき現実を感じさせるものでした。



セナは、本当かっこよかったです。


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皆、隠し持っているもの
2008.12.27 Saturday 10:20
齊藤ゾンビです。


先日、「バンク・ジョブ」というめっちゃくちゃ超面白い映画作品を観て来ました。



この映画は、1971年に実際にイギリスで起こった事件(実話)を基にした作品です。

その実話というのが、本当に信じられないような凄い話なんです!!!

どれほど凄いかと言うと、国家規模で事件の真実を消し去ったほどのものです!!



その事件が起こった当時、事件は数日間トップニュースとして報じられていましたが、突如として一切の報道が打ち切られました。

それは、英国政府からの「D通告(国防機密報道禁止令)」の発令がなされたからです。

英国の長い歴史上で数回しか発令されたことのない「D通告」というのは、()内にも書いてある通り、国家の機密により一切の報道を弾圧するということです。

「D通告」されてから一切の報道が無くなり、あたかも事件が無かったかのように真実がもみ消された幻の事件なのです。

政府の発表によると、この事件の真相は2054年まで機密扱いとされているそうです。

その完全なる報道規制の裏には、英国政府がどうしても報じられてはならない真実が隠されていたんです。

その秘密とは、英国最大のタブーに触れるものだったのです。


英国最大のタブー!!!


真実は、闇に葬られましたが、映画でこの英国最大のタブーの全貌を明らかにさせることが出来たのは、当時の関係者たちに何度も取材を重ね、「9割は事実」という内容を完成させることが出来たそうです。



では、その内容(ストーリー)を簡単に書きますと(ネタバレ無いので安心して下さい)、


「さえない中古車屋を経営しているカタギの中年男テリー・レザーの元に旧友の女性が尋ねて来て、ある話を持ち掛けてきた。

ロンドンのとある巨大銀行の貸し金庫強奪作戦である。

話に乗った男は、素人だらけの強盗団を結成し巨大銀行強奪作戦を実行し、大成功を収める。



貸し金庫に入っていたものを全て手にした彼らであったが、その貸し金庫に入っていた物は、お金やダイヤだけではなく、政府高官や汚職警官そしてマフィアらが預けていた公に出来ない''秘密''が山ほど隠されていた。



そして、最も公にされることの出来ない''英国王女のスキャンダル写真''が隠されていた。



ただの寄せ集めの素人同然の小悪党7人の実行犯たちは、盗まれた真実を隠す為に汚職警官やマフィア、そして、国家からも命を狙われることになる。

一人、また一人と追い詰められていく犯人たちの運命は!?



そして、奪われた''秘密''の行方は!?

命を賭けた駆け引きが始まる!!!!」




といった内容です。

とにかく本当に超ミラクルハイパー凄く面白いです!!!

本当凄いです!!!


警察やマフィア・国家を敵に回しての攻防!!!

国を仕切る最高機関たち全てを敵に回して彼ら主人公たちが繰り広げる展開が本当に凄いです!!!



この話自体実話というのが本当に凄い。

「現実は小説より奇なり」と言いますが、正に本当にそうです!!


しかし、この映画を観て心底感じました。

どんな所にも隠さねばならない真実があるということを。

そして、どんな世界にも「表」と「裏」があるということを。



世の中の裏の姿を垣間見ると共に悪党達が悪党達の素性を暴いていくこの実話のストーリーに「悪」や「正義」という境界線が淡いものだと感じました。



人間とは、誰でも知られたくない秘密を必ず抱えていると思います。

その真実を隠す為には、人は、簡単に悪にもなれてしまう。

必ず何かを必死に必死に隠している。

ずっとずっと必死に隠している。

どんなに完璧な人であろうと何かを必死に隠している。

誰もがパンドラの箱を持っていて、誰もがその箱を開けてはならない。



私自身もたくさんの秘密をたくさん心の貸し金庫に隠し持っています。

あんなことやこんなこと。

でも、絶対に誰にも見せない。

本当の素性なんか誰にも見せられない。

本心と真実だけでこの世を生きられるのならどれだけ楽なものか。

「嘘も方便」

本心と真実は、隠さなくてはならない時がたくさんある。

時には、自分で自分自身を一生懸命に偽る時もあるでしょう。

生きる為には、みんな心を金庫にしまって、本心を隠してしまう。

映画のように「見られたら大変だ!!」ってね。


それは、人間という単体に限らず国家も全て何もかも真実は、金庫の中に隠してあるに違いない。


自分の記憶に刻まれているいろんな人たちの姿は、本当はその人たちの真実の姿ではないかもしれない。

否、「かもしれない」ではなく、絶対に違うだろう。

知り得る「本当の真実」は、きっと自分自身のことしか一生分からないのであろうね。



素直に生きるのがこんなに難しいなんて、人間って本当臆病で不思議な生き物だなぁ。

正に、本当主人公の小悪党達は開けてはならない、人間のパンドラの箱を開けてしまったんですね。

映画を観ても分かるように、その代償は、測り知れないものなんだ。



この映画の面白いところ。

それは、人間が必死に隠していたもの「お金」や「ダイヤ」なんぞ比べ物にならないほどもっと人の手に渡って欲しくないもの、人間の本性という「パンドラの箱」。

「パンドラの箱」を開けて見てしまったその代償の大きさ、そして、必死に隠そうと豹変する人間の真の姿にハラハラドキドキするでしょう。



人間という奥深さを感じさせてくれる凄く面白い映画作品でした。


これは、本当超おすすめです!!!

久しぶりに本当に良い映画を観たなって思いました。

全英・米では、大ヒットと大絶賛を浴びているのに日本では、メディアなどあまりパッとしてなくて、不思議に思いました。

ずっと前に全米で公開されてから「これは、めっちゃ面白そうだ!!!」と思い、日本で公開されるのを待っていたら、いつの間にか公開されていて、そして、いつの間にか公開終了間近になっていて焦りました。

この作品は、臨場感のある映画館で観れて本当に良かったなって思いました。
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盲目になりたい
2008.12.15 Monday 08:36
齊藤ゾンビです。



先日、「ブラインドネス」という映画を観ました。



この映画は、とてもストーリーが斬新で興味深い作品でした。

簡単にストーリーを書きますと、


「ある日、一人の男性が突如目が見えなくなる(盲目)という病に侵されてしまいます。



病院に行っても原因が一切分からず、新型の病だと診断されます。

そして、その数時間後に他の人にも同じ症状が発生。

そしてまた一人、また一人、また一人と原因不明の盲目者が続出していきます。

政府は、謎の病が伝染型だと恐れ、患者達を監獄のような劣悪な環境の病院に監禁していきます。



そして、どんどん感染者は、増え続けその都市全体に広がっていき、盲目者の都市へとなっていく。

全ての人間が盲目となった世界で、人間達は、どのように生きていくのか?

盲目になることで人間の心はどのように変化していくのか?

そして、最後に待っていたものとは!!!」


という話です。

この映画は、ホラーっぽいようでホラーでもなく。

パニック映画のようでパニック映画でもない。

どんなジャンルに入るのか分からないとっても深い作品でした。

なので、ホラーやパニック映画だと思って観ると拍子抜けしてしまうかもしれないので、観てみようと思う方は、そういう風に期待して観ない方が良いと感じます。


しかし、この作品は、前述したようにすっごく深い作品で、観終わった後にたくさんのことを感じました。


「突如、人が盲目になってしまったらどうなってしまうのか?」


この映画の興味深いところは、そこにあります。



何も見えなくなる精神的恐怖。

そして、私も感染するんじゃないかという恐怖。

どんどん広がっていく感染者の数に世の中は、恐怖の世界へと陥っていきます。

盲目者しか居ないその新世界では、今までの社会の秩序全てが崩れ去っていき、無法地帯へと変貌していきます。

無法地帯となったその世界、又、恐怖の極限の中どんどん各々の人間の本性というものがあらわになっていきます。

死にたくないという極限の恐怖心が「生きる」ことに必死にさせ、本性が大きく露呈されていく。

正に、野生の世界だね。

人間も野生に生きている動物となんだ変わらないんだと深く感じました。



この映画を観て、そして、最近テレビ番組で見た盲目学校の子供達の姿を見て凄く感じたことがありました。

目が見えないことは、全てが見えなくなった訳じゃないんだなと。

人は、目が見えなくなると他の感覚が敏感になってきます。

聴覚、触覚、嗅覚 味覚。

他の感覚を研ぎ澄ますことで視覚の損失分を補っていきます。

しかし、敏感になっていくのは、聴覚、触覚、嗅覚、味覚だけではありません。

あと、もう一つ心の目も大きく敏感になっていきます。


目で見えない分、そのものの全てを視覚以外の感覚で必死に見ようとします。

その力は、視覚以上のものです。


伝説の盲目ソウルシンガーの故レイ=チャールズさんのエピソードでこんなものがあります。



幼い頃から目が見えなかった彼は、ある日、友人と家で話をしていました。

すると、突如チャールズが

「窓の外に蜂が飛んでいる。」

と言ってきました。

閉まっている窓の外を見ると蜂が1匹飛んでいたのを見てビックリしたそうです。

チャールズさんは、他の感覚で(この場合は聴覚で)周りを全て見ることが出来ていたそうです。



又、テレビ番組では、盲目学校に通う子供達が理科の授業で「ヘチマ」を勉強していた映像を見ました。

ヘチマを勉強する前にヘチマがどういうものかを知る為に先生が本物のヘチマを生徒達に渡していました。

生徒のみんなは、臭いを嗅いだり、手にとって質感や温度を感じたり、指で叩いてその音を聞いて材質を感じたり、先生がヘチマを切って中身を手探りで感じさせたりして、子供達は、ヘチマの全て、本当に全てを感じ取っていました。



それは、見ただけでは感じ取れないもっといろんなことを。


それは、そのものの本質であったり「心」であったり。


しかし、目が見える人は、視覚以外のものが見えない、否、見ようとしない人がほとんどではないかな。

人は、目で見たものを見たまんまで全てを決め付けてしまい、そのものの本質を見ずに終わってしまうと思います。

人は、目で見たものを無条件に信じてしまう。


人の視覚こそ全てを見えなくさせているとも感じます。




あと、盲目学校の子供達は、大縄跳びも飛べます。

縄が地面を叩く音(リズム)を聞いて縄の回っているスピードを聴覚で感じ取り、自ら回っている大縄の中に入り飛ぶんです。




他にも、先生達が狂言(喜劇)を披露して先生がすっころぶ演技で倒れた時の音と地面から伝わる振動で転んだ様子を感じ取り、まるで狂言を実際に観てるかのような反応をします。




友人の顔を知る(見る)為に手で顔を感じ取ります。




「大縄跳び」も「狂言」も「友人の顔」も全て他の感覚を研ぎ澄ませて感じ取り、心の目でしっかりと見ているんだなと凄く感じました。

子供達は、しっかりと見えてるんですね。



そして、一番深く感じたことは、とても相手の心に敏感だなとも番組を見ていて感じました。

何気ない話をする先生の声を聞いて生徒達は、

「先生、悲しんでるの?」

と先生の感情を瞬時に読み取ります。

それは、きっと視覚以外の残りの四つの感覚で必死に相手を見ようとしているから、ちょっとした声のトーンや様々な変化に敏感に反応出来るんだと感じました。

盲目学校の生徒達の姿を見て、目が見えない人は、目が見える人以上にいろんなものが見えているんだなと凄く感じます。

そして、子供達は、目が見えなくても凄く凄く楽しそうで幸せな毎日を過ごしていました。

それは、視覚を失った代わりに「心の視覚」があるからなんだろうね。



私は、いつも視覚だけを頼りにして心が見えていないと感じます。

視覚以外のものをもっとよーく見えるようになりたい。

盲目の人に失礼かもしれませんが、盲目になりたいと感じる時があります。

盲目は、人を大きく変える。

世界を変える。

心を変える。



もしも、今、自分が生きている世界が嫌になったら視覚で見る世界ではなく、心の目で見る世界を見るように努めると違う世界に気が付けてくるかもしれない。

視覚で見る世界と心の視覚で見る世界は、きっと大きく違うはずだと思う。

でも、視覚がどうしても心の視覚の邪魔をして難しいんだよなぁ。



話は戻りますが、映画「ブラインドネス」はそのような人間の変化も巧みに描かれています。

良かったら見てみて下さい。
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あびる優さん幽霊を捕獲!
2008.10.30 Thursday 22:18
人間より仕事人間な平野幽霊です。

今日はお化け屋敷 台場怪奇学校で映画アイズのトークイベントがありました
あびる優さんがお化け屋敷でハッスル。



そして幽霊がつかまる(笑)

くわしくはニュースを検索したほうがはやいかも!
お化け屋敷で配ってる怪奇新聞11月号にもこの様子が掲載されますのでとりにきてね!

映画アイズは11月1日から渋谷東急など全国ロードショーです!



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信じない
2008.09.30 Tuesday 06:52
齊藤ゾンビです。



先日、映画「ミスト」を観ました。




この映画は、いろんな意味で本当に凄い作品でした。

最高です。

簡単に内容を書きますと、


「ある日、町が原因不明の大きな霧に包まれて
しまいます。



霧の中には、得体の知れない恐ろしい怪物がいるらしい。

しかし、霧が濃すぎて何も分からない。

街の人々は、謎の霧を恐れてスーパーマーケットの中にこもることになってしまう。



原因不明の恐ろしい霧に怯える人々達は、どんどん理性を失っていく。

スーパーにたてこもった人達は、どうなっていってしまうのか?」


という内容です。

この映画のストーリーが、人間の根源を綺麗に、且つ、分かりやすく描ききっていて凄いんです。

人の本性が露呈される時って、精神が崩壊してしまい、理性のストッパーが無くなってしまった時なんだと私は思います。

それを、最高の恐怖心で人々達を煽り理性のストッパーを解除させ、人間達の本性を巧みに映し出しているんです。


またその恐怖を煽る「恐怖」の表現の仕方も本当に素晴らしいの一言です。

人間にとっての一番の恐怖とは、「理解の出来ない出来事」だと私は思います。

人間は、ある程度自分で物事を理解することでそれにあった対処法や心の持ち方を持って構えて接していくから、心を極度に取り乱すほどの焦り・恐怖も無く冷静にしていられるんだと思います。

しかし、自分の頭では、理解の出来ないことが生じてしまうとそれをどう対処したら良いか、又、自分の気持ちの持ち方もどうしたら良いのか分からなくなってしまい、心の中に大きな混乱が生じ、自分の心を守るガードを失ってしまいます。

ガードが解除されたむき出しの心に更なる「恐怖」を与えると人間は、たちまち想像も絶する恐ろしい行動をとってしまいます。

この映画は、人間の心がどれ程弱いものか、そして、本性むき出しにになった人間の末路を凄く丁寧に分かりやすく表現しています。



本当に凄いです。



映画の中でこの様な会話があります。


[「人間を信じてないのね。」

「信じられんよ。」

「それは、違う。
人間は、生まれつき善良だわ。
ここは、文明社会よ。」

「都市が機能していればね。
でも、ひとたび闇の中に置かれ、恐怖を抱くと人は無法状態になる。
粗暴で原始的に」

「恐怖にさらされると人は、どんなことでもする。
「解決策」を示す人物に見境も無く従ってしまう。」

「人間は、根本的に異常な生き物だよ。
部屋に2人以上居れば、最後は殺し合うんだ。
だから、政治と宗教がある。」

「その考え方は間違ってるわ。」]


この考え方は、全然間違っていない。

「恐怖心」が人に与える影響は、想像を絶するもの。

セリフの中に出てきたように「無法状態」になってしまうのだ。

独裁政権を遂行し国民に大きな地獄を見せたウガンダ共和国のアミン大統領やヒットラーは、誰かが自分を殺そうと・破滅させようと企んでいるという被害妄想から生じた大きな恐怖心から大虐殺へと繫がっていったと聞きます。



身近な現実にも似た様なことが言えます。

いろんな人達に裏切られ、また裏切られの連続で人間は、たちまち人間を凄く恐れるようになってしまいます。

怯えきった人間は、自分の心を大きく乱し想像も絶するような大きな事件を起こしてしまいます。

調べてみれば分かりますが、大きな事件を起こした人達の過去には、必ず大きな裏切りと大きな恐怖心というものがある・植えつけられてます。


大きな「恐怖心」は、人間を大きな悪魔へと変貌させてしまうんです。



人間は、日々様々な問題に直面し、心を大きく乱していきます。

しかし、その混乱を抑えるのがセリフにもあるように「政治」や「宗教」だったりする。

このセリフを聞いた時、私は、衝撃を受けました。

「政治」や「宗教」は、国を治めるだけではなく、人の心も治めていたものだったんですね。

現実を凄く捉えたセリフだなと感じます。



映画では、視覚的な恐怖・内面的な恐怖(心の崩壊)の二つの「恐怖」を巧みに表現しきっています。

凄く恐いです。

「恐怖」の核心を突いた本当に凄い作品だと感じます。



そして、この作品の予告編でも流れてますが、ラスト15分の衝撃もとんでもなく凄いものでした。



ある人は、このラストに納得いかない人もいれば、深く衝撃を受け更なる感動を受ける人もいます。

私は、後者の「更なる感動」を大いに受けました。

このラストも人間の本質というものを深く深く描いていて現実を真摯に捉えられている人は、深い衝撃を受けること間違いないと思います。





この作品は、良いと言う人もいれば、凄く最悪だと言う人もいます。

しかし、この作品がなぜ最悪だと言うのか?

私は、考えました。

この映画は、決して綺麗な世界を描いているものではありません。

かと言って、適当なストーリーと展開で悪く汚くただ描いているものでもありません。

ちゃんと現実的な視点で人間の闇の部分を綺麗に描いています。

この映画がダメな人は、綺麗な人間性と綺麗な世界しか信じない人なんだなと感じます。

汚い部分は、何も信じないし、何も見たくない。

きっとそんな人は、ずっと甘やかされた人生しか歩んでこなかったんだろう。

甘やかされてきた人は、綺麗な世界にしか触れていないから汚い世界に触れるのが嫌なんであろう。

綺麗なものを汚したくないように。

現実だと分かっていても目を背いてしまう。

映画で

「人間は生まれつき善良だわ。」

と奇麗事をずっと信じ続けていた人と同じ。

最後にその言葉を発した人間はどうなるのか。



ちゃんと現実を見えてる、波乱万丈な人生を送ってきた人は、この映画の良さと理解を深く持てると私は思います。

現実の良さと醜さを巧みに描いているからこそ深い共感と感動を受けるものなんだと思います。

映画で言う

「人間なんて信じられん。」

と言った人と同じ。

現実を真摯に捉えていたその人達は、最後にどうなってしまうのか。




「現実」とは、綺麗な部分と汚い部分とが必ずセットになっている。

綺麗な部分だけが現実じゃない。

汚い部分を見ない人は、何かの事態の時には大いに心を取り乱すだろうな。

そして、少しでも汚い人を大きく批判して見下す人だろう。

この映画を見たらよーく分かるよ。



綺麗な人間は、とても汚い。

凄く皮肉だね。



この作品は、本当に凄い作品です。

久し振りに映画を見て感動しました。

超オススメです。


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正義は消えた
2008.09.16 Tuesday 00:42
齊藤ゾンビです。



先日、映画「ダークナイト」を観に行ってきました。




凄い作品です。

本当に本当に凄い作品です。


何が凄いかってバットマンが凄いんじゃなくて、最強の悪役「ジョーカー」が凄いんです。




ジョーカーは、ただの悪党ではありません。

単なるお金が目的の悪党でもありません。

単なる殺人鬼でもありません。

世の中の「悪」の権化、それが「ジョーカー」。



ジョーカーは、偽善だらけのこの腐った世の中=人間達の根底に潜む悪の塊が集まってできたような究極の悪党なんです。




ジョーカーは、あらゆる手段を使って人間達の真の姿=悪の部分を引き出して、世の中の隠れた真の姿をこじ開けようとします。

ジョーカーの手に掛かれば、どんな人間でも悪になってしまう。

勘違いしてはいけないのは、ジョーカーは、人間を悪に「染める」という行為をしていない。

脅迫したり、お金で釣ったりして人間を「悪」に染めてるのではない。

人間の心の奥底に眠っている「悪」の部分を目覚めさせているだけなんです。





人間の真の姿は、真っ黒な「悪」だと私は、思っています。

ジョーカーもそれを知っていた。

だから、いとも簡単に人間を真の姿に豹変させていってしまうのです。


ジョーカーは、お金や権力・殺しにも興味が無い悪党である。

彼が、興味があるのは、人間の本性をむき出しにして、偽善だらけの世の中を真の姿に変えようと企むこと。

未だかつて無い究極の悪党。

そこが本当に凄い!!!

ジョーカー自身世の中に裏切られ続け「悪」の部分がむき出しになってしまった純粋なる悪。

彼もまた犠牲者でもあり、可哀想な人間。

偽善だらけの世の中をこなごなにしたかったんだろうな。




偽善だらけの世の中だから、誰も信用出来ない。

ジョーカーが人間達の粗を露にさせ、そんな「現実」を映画の中でキレイに教えてくれる。

この映画の凄いところは、究極の悪党である「ジョーカー」が悪に見えなくなってしまうというところ。

ジョーカーの手によって露にされた世の中の真の姿は、真っ暗な暗闇の世界(悪の世界)。

暗闇の世界を露にさせた中では、正義と悪の境界線が消えてしまい、ジョーカーが悪党であるという認識までも消えてしまう。

ヒーローも消えてしまう。

正義も消えてしまう。



「ダークナイト」、この映画の凄さは、偽善によって隠れてしまっていた真の世の中の姿を巧みに描いているところにあります。




又、「ジョーカー」という人間は、私達全ての人間に共通する姿だと私は感じます。

世の中から「悪」なんて一生消えない。

なぜなら、人間達全てが悪党だから。

犯罪を犯した人間は、最初から犯罪を犯そうと思って犯罪をした人間なんてほとんど居ないと思う。

犯罪を犯してしまう人間は、周りの人間からジョーカーの様に「狂気」になることを触発させられ、心の奥底に眠っていた「悪」を露にさせられてしまった人間にすぎない。

人間は、皆「狂気」になる素質を持っている。

みんな「狂気」を必死に隠しているのに、ジョーカーな人間達が「狂気」を覚醒させてしまう。


「私は、何も悪いことをしていない。」


と思っていても、人間誰もがジョーカーの様に、人間の「悪」の部分を無意識に覚醒させようとしている。


「ダークナイト」のジョーカーは、特別なキャラクターでは、全然ないんだ。

私達人間の奥底に眠っている真の姿の権化なんだ。


幸せを気取っている偽善な人間達に人間達自身の本当の醜い姿を垣間見せてくれる。




「バットマン」は、ヒーロー映画なのに、本当の世界には、「ヒーロー」なんて存在しないということを、説いている凄い映画である。


この映画は、本当に本当に凄過ぎる!!!!!!!!!

また2回目を観に行こうと思ってます。

超オススメ。



映画「ダークナイト」。

真実の闇の世界をお化け屋敷でも描いてみせたい。

自分達自身の姿にみんな恐れるだろうに。
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